九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。熊本県人吉市から情報発信しています。

教会での子どもの安全と熱中症対策

全国的に猛暑が続いていると思いますが、人吉も猛暑続きです。

最高気温は7月18日以降、連続して30℃以上。27日からは今日まで4日連続で35℃以上の猛暑日です。

雨も降らないので地面はカラカラに乾ききっています。

 

司祭館の向かいの廃業した豆腐店が取り壊されたことは既に書きましたが、店があった場所は既に整地されています。連日の強い日差しと乾燥で砂浜のようです。

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解体された豆腐店の跡地

 

さて、この猛暑続きの九州で痛ましい事故が起きました。

保育園の送迎バスの中に一日中置き去りにされた5歳の園児が熱中症で亡くなったのです。

 

私の妻は保育園に勤めていますので、他人事とは思えません。

報道には詳しい経緯は警察が調査中とありますが、駐車しているバスのドアを園児が勝手に開けて乗り込むことは考えられませんから、登園時に降ろし忘れたのは明白です。

こういう送迎バスは安全対策として、運転者以外に保育士が同乗するはずですが、バスは園長自身が運転していて、他に大人はいなかったようです。

しかし仮に園長が子どもを降ろした後で車内を確認していなかったとしても(それもおかしな話なのですが)、亡くなった子どもは当然園内にいなくて「無断欠席」となるのですから、園から保護者に確認の連絡をするのではないでしょうか。

報道では、帰りのバスに子どもが乗っていないので、親の側が園に問い合わせて初めて分かったということですから、園は出席確認をしていなかったのであり、杜撰にもほどがあります。

つまり、これは当たり前の注意を払っていれば起こり得ないはずなのに、その当たり前のことを怠った「大人の不手際」によって、何の落ち度もない幼児の命が断たれた出来事なのです。

事故ではなく、事件といっても良いでしょう。

かなり以前に、やはり送迎バスからの降ろし忘れで取り残された園児が熱中症で死亡する出来事があり、その時は刑事裁判となって園長らが業務上過失致死罪で有罪判決を受けたように記憶しています。しかし、責任者がいくら重い罰を受けようと、失われた幼い命は戻らないのです。

 

教会の場合、特に高齢化が進んだ地方の教会の場合は、参祷者も高齢者ばかりで子どもの姿を滅多に見ません。日曜学校なんてどこの国の話か、という状態ではないでしょうか。(それは日本正教会さんだけでしょ、と言われたら身も蓋もありませんが…)

そういう状態ですと、教会内の子どもの安全対策がおざなりになりかねませんので、注意が必要です。

車内の熱中症はレアケースにしても、聖堂内は火のついたロウソクがたくさん立てられていますし、何十キロもある燭台は人がぶつかったらすぐ倒れてしまいます。暖房もお金のない教会では(人吉もそうですが)、クラシックな石油ストーブを使っています。

 つまり大人が目を離すと危ないものがたくさんあるので、信徒間による子どもへの目配りは必須です。

今回の出来事を教訓に、教会内での子どもの安全対策について再チェックしようと思いました。

 

もう一つ重要なのは、子どもだけでなく大人も含めた教会内での熱中症対策です。

正教会では、聖体礼儀で領聖(キリストの体に変化したパンと葡萄酒、すなわち聖体をいただくこと)する者は午前零時以降、飲食を一切してはならない決まりです。つまり、その日に最初に口に入るものが聖体でなければなりません。これを「禁食」といいます。

また、会堂内での飲食は禁止です。もちろん福岡や熊本のように、会堂以外の別室がない小教会では、祈祷後の会堂内での打ち合わせでお茶を飲んだりしますが、それは「他の場所の選択肢がないからやむなし」という理解です。

しかし、いくら決まりとはいえ、脱水が熱中症の原因の一つだと分かっている以上、会堂内での禁食を貫くことは限度があります。永遠の生命に与るために教会の祈祷に来て、地上の救急車を呼ぶはめになったら本末転倒です。

それに加えて、今はコロナ対策として祈祷中は窓を開けていますので、冷房の意味がありません。つまり従来以上に、教会内での熱中症のリスクが高いといえます。

そのようなわけで、九州の教会では管轄司祭である私の許可という形で、体調管理は全て各自の判断に任せる、よって祈祷中に会堂内で自由に水分を摂って良い、 ということにしました。

 

普段は数人から、多くても20人くらいとはいえ、教会は人々が集まる場所ですので、今後もリスク管理を万全にしていきたいと考えています。

キリシマ祝祭管弦楽団の演奏会へ

昨日は鹿児島の宝山ホールへ。

霧島国際音楽祭のメイン公演ともいうべき、キリシマ祝祭管弦楽団の演奏会を聴くためです。

このオケは音楽祭のために、国内のプロオーケストラのコンサートマスターや首席奏者を集めて編成したもの。そこに音楽祭のマスタークラスを受講している若手奏者がジョイントしています。

指揮は鈴木優人さん。プロ野球のオールスターのようなオケです。

チケットを買った時から聴くのが楽しみでワクワクしていました。

 

 

鹿児島に着いた時は開場時間までかなり余裕があったので、ホールの周りを少し歩きました。暑かったですが。

宝山ホール鹿児島市の中心地、島津氏の居城・鶴丸城の向かいにあります。周囲には、明治から戦前にかけて建てられた豪華な洋風建築がたくさんあり、ヨーロッパの街を歩いているような気分になります。

 

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鹿児島県政記念館(旧鹿児島県庁本庁舎・1925年)

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旧鹿児島県立興業館(1883年)

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鹿児島市中央公民館(1927年)

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鹿児島県教育会館(1931年)

さて、ホールに入って19時に開演。一曲目はシューベルト交響曲第8番「未完成」です。

速度は速めで、明るめの音作り。若々しい印象です。

私自身は、この曲をゆっくり演奏されると曲調がおどろおどろしくなってしまい、好きではありません。ですので、自分にはとても心地よく聴けました。

 

二曲目はベートーヴェン交響曲第5番「皇帝」。ピアノのソリスト上原彩子さんです。

彼女は2002年の第12回チャイコフスキー国際音楽コンクールピアノ部門で、日本人として、かつ女性として初めてグランプリを獲った人です。しかも、ピアノをヤマハ音楽教室で学んだだけで、音大を出ていません。

彼女の録音も何枚か持っていますが、技術力で聴かせるよりも自然に歌心が沸き上がってくるような演奏をするタイプです。天才肌なのでしょう。

今回の演奏も素晴らしかったです。オケはかなり速めで力強さを強調した演奏でしたが、ピアノがオケと一緒になっている箇所はオケの方にテンポをしっかり合わせ、ソロになる箇所では自分のテンポで、ルバート気味に歌うように弾くのです。

その自由自在さがとても良かったです。

 

最後はベートーヴェン交響曲第7番。これでもかと言うくらい有名な曲が続きます。

ワーグナーはこの曲を「舞踏の神化」と呼んだのは有名な話ですが、マエストロも曲全体を「舞曲的」に統一しようとしていたのが感じられました。

この交響曲は、終始「タンタタ タンタタ」というリズムを、楽章ごとにテンポや調性を変化させているのですが、マエストロはちょっとスタッカート気味の軽快な感じにしていました。

第二楽章をテヌート気味に演奏する指揮者もいますが、私にはそれが葬送行進曲みたいに聞こえてしまい、好きではありません。鈴木マエストロの演奏では王宮の舞踏会のように優雅でとても好感が持てました。

そして第四楽章。速度指示はアレグロ・コン・ブリオですが、完全にプレストでした(笑)。こんなに速く振ったらオケがズレちゃうでしょ、と思いましたが、さすが一流の奏者が集まっているだけあって全くズレませんでした。

そのまますごい迫力で終了。コロナ対策で「ブラボー禁止」のため、手を叩くしかないのですが、私も他の聴衆も熱狂しました。

 

アンコールの後は聴衆の拍手とともにヨハン・シュトラウス一世の「ラデツキー行進曲」。ウィーンフィルニューイヤーコンサートみたいなノリで、21時半に終演しました。

 

今回の演奏会はコロナが一旦収束した時期にチケットが販売されたためか、席の間隔を開けずにぎっしり聴衆で埋まっていました。

しかし、これまでコロナ禍でクラシックの演奏会の多くは中止となりましたし、今また感染が再拡大したことで、また演奏会ができなくなることも予想されます。

その意味で、今回はこういう良い演奏会を聴くことができたのはラッキーでした。

本当に早くコロナが収束して、音楽に限らずいろいろなエンタテインメントを楽しめるようになってほしいものです。


見慣れた景色の喪失

 わが家は司祭館の向かいにある昔ながらの豆腐店がお気に入りで、そこの手作りの豆腐や油揚げをいつも買っていたのですが、2月末に突然廃業してしまいました。

frgregory.hatenablog.com

 

毎日午前2時から作業場に灯りが点いて、腰の曲がった店主夫婦が豆腐を作っていたのですが、その光景も見られなくなり、作業場はいつも灯りが消えたままになりました。

 

別の場所に住んでいる店主の息子が同居することになったそうで、作業場を取り壊してそこに家を建てると最近聞きました。

 

先週の土曜日から作業が入り、昨日の時点で建物はすっかり解体されました。

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これから解体工事(7月24日)

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取り壊された作業場(7月26日)


 

水害が起きた時も同じ思いでしたが、人吉に来てまだ2年足らずなのに、見慣れた景色がどんどん無くなっていきます。

過疎の町ならありふれた出来事かもしれませんが、寂しいですね。

今日はちょっと、しんみりした気分になっています…

霧島で美術と音楽鑑賞の一日

先週末の鹿児島巡回にあたり、土曜日は霧島を訪ねました。

 

午前中は「霧島アートの森」へ。

山奥の広大な敷地に現代アートのオブジェが点在していて、それを散策しながら眺められるようになっています。

つまり「屋外美術館」ですね。

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草間彌生「シャングリラの華」

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ジョナサン・ボロフスキー「男と女」

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通畠義信「時の巣」

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チェ・ジョンファ「あなたこそアート」

自分自身には現代美術というのはよく理解できないのですが、今後いろいろ見ていれば目が養われるのかもしれませんね…

 

14時から霧島市のみやまコンセールで、「霧島国際音楽祭」の演奏会を聴きました。

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みやまコンセール

 

霧島国際音楽祭は1980年に始まり、今年で42回となるイベント。

また、みやまコンセールはこの音楽祭のために94年に建てられたホールです。席数は700席ほどですが、とても音響が良いです。

昨年度の音楽祭はコロナで今年1月に延期になりましたが、雪の中を泊りがけで鹿児島まで聴きに行きました。

東京から遠く離れた地方に転居しても、ここに来れば一流の奏者の演奏を聴けるので、クラシック音楽好きな私には夢のようです。

 

frgregory.hatenablog.com

 

 この日の演奏会は室内楽。私は高校時代、部活で室内楽のオケにいたので、室内楽を聴くのが大好きです。 

 

前半はオーボエ広田智之さん(都響首席)と大島弥州夫さん(大阪フィル)、ファゴットの井上俊次さん(読売日響首席)の木管三重奏。珍しい組み合わせです。

曲はバッハのトリオ・ソナタBWV1038とベートーヴェンの三重奏曲Op87です。

奏者個々の演奏技術もハイレベルでしたが、アンサンブルの一体感がとにかく素晴らしいです。引き込まれました。

 

後半はブラームス弦楽六重奏曲2番。

若手の「カルテット・アマービレ」と、大御所のチェロの堤剛さんとヴィオラの磯村和英さんのジョイント演奏です。

お祖父さんと孫の共演みたいでしたが、とにかく感情移入が強烈で、若々しくて熱のこもった私好みの演奏でした。

 

終演後に鹿児島に向かいましたが、美術と音楽鑑賞で心が充実した一日でした。

鹿児島教会でルカくんの送別会

 今日は鹿児島ハリストス正教会で聖体礼儀を執り行いました。

 


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さて5月に、鹿児島教会で行った闘病中のマチ子さん(仮名)の洗礼について投稿しました。この時はコロナ禍で私が病院に立ち入れず、教会の駐車場に停めた車内で洗礼しています。

 

frgregory.hatenablog.com

 

マチ子さんの看病のために、アメリカ在住の娘の夏子さんと孫で小学4年生のルカくん(ともに仮名)が4月に一時帰国し、ずっと鹿児島市内のご実家で生活されていました。

しかし、ルカくんは9月からアメリカの新学期が始まるため、来月アメリカに帰ることになりました。

 

コロナ禍で聖体礼儀後の愛餐会(教会での会食)は昨年からずっと中止していたのですが、今日は特別にルカくんの送別会として、参祷したメンバーで昼食を共にしました。

感染防止対策で食べている間、つまりマスクを外している間は一切しゃべらない「黙食」です。

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ルカくん(仮名)の送別会

ルカくんには私たち夫婦からくまモンのトートバッグをプレゼント。とても気に入ってくれたようで安心しました。

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くまモンのバッグとルカくん

夏子さんはマチ子さんの看病のため、当分の間日本に滞在します。

マチ子さんの容態を聞いたら、洗礼後めきめきと元気を取り戻し、間もなく退院してご主人がいる施設で同居されるとのこと。

テレビ電話でご本人と話しましたが、洗礼の時は衰弱してほとんど動けなかったのに、今日は見違えるほどお元気でした。

奇蹟的です。神がフェウロニヤ姉(マチ子さんの洗礼名)の信仰に応え、守り支えてくださっているに違いありません。

 

正教会では生者への祈りの文言は「幾とせも」(英語では"Many Years!")です。これは神がその人を永く守り続け、祝福と恩寵を与えてくれますように、という意味です。

アメリカで新学年を迎えるルカくんにも、病の床から起きたフェウロニヤ姉にも、「幾とせも」と祈っています。

被災児童たちのためにエアコン設置&復興途上の人吉駅へ

人吉市内の小中学校は7月21日から夏休みに入りました。
これまで毎週土曜日に人吉ハリストス正教会の旧司祭館を被災児童のために開放してきましたが、夏休みということで平日の月曜日から木曜日まで、新学期が始まるまで開放することになりました。

 

教会外のYさんから「被災した子どもたちのために」と頼まれて開放を始めた当初は、こんなに長期間ご協力することになるとは想定していませんでした。また建物も解体予定の空き家なので新たに手を加えられないが、それで皆さんのお役に立つならいいかと思っていました。

 

しかし水害から1年が過ぎ、南九州の暑い夏を迎えるとなると、多くのお子さんが集まるのに扇風機の風だけでは厳しいものがあると、Yさん共々思っていました。

そこで、最近になって教会に被災者支援のための献金をいただきましたので、それでポータブルなエアコンを教会の備品として購入し、子どもさんたちのために使ってもらうことにしました。

 

数日前に妻と複数の量販店を下見し(3か所しかありませんが)、今日は一番安かった店に行き、エアコンを購入しました。

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エアコンを購入

 私の車で教会に搬入。たまたまYさんが来ていたので、設置を手伝っていただきました。

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エアコンを設置!

涼しいです!

室内で夏休みの宿題などをやってもらうのに、環境改善です。

 

設置が終わって帰りがけに人吉駅に寄ってみました。

昨年7月4日の水害発生以来、鉄道は全て運休しているため、駅は鉄道代行バスの待合所の機能しかありません。

しかし、ちょうど夏休みになったので、今は写真展の会場として使われていました。

人吉駅には明治時代に造られたSL用の車庫があり、水害より前に映画「るろうに剣心 最終章」のロケが行われましたので、そのロケ関連の写真が展示されていました。

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人吉駅は今、写真などの展示場になっている

 

人吉駅前には観光協会が造ったからくり時計があり、毎時ごとに地元の民謡に合わせて人形が動き出します。水害の後は数か月間、時計は止まったままでしたが、今は元通りになっています。

駅に着いた時はちょうど13時過ぎだったので、人形が動いているところでした。

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復旧して水害前と同じように動いているからくり時計

 

また駅前には、明治時代から駅弁を販売している「やまぐち」があります。

人吉駅は観光列車の「SL人吉」や「特急やませみ・かわせみ」の終着駅であり、多くの観光客が降り立っていました。やまぐちも昔ながらの立ち売りで駅弁を観光客向けに販売していました。

しかし、水害後は鉄道の無期限運休で売り上げは激減。以前から駅弁以外の弁当も店頭で小売りしてはいましたが、団体観光客が来なくなった影響は大き過ぎました。

 今後どうするのかと思っていたら、最近店舗のスペースを改造してラーメン店を開業したと聞いたので入ってみました。

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駅弁の「やまぐち」が開業したラーメン店

以前、東京で開業していた人を呼んできたそうで、注文してみたらまさに正統派の醤油味の東京ラーメンでした。

郷に入っては郷に従えとは言いますが、九州ではどこに行っても豚骨ラーメンなので、自分としては子どもの頃から食べ慣れた東京ラーメンの味に恋焦がれていたところでした。写真を撮り忘れるくらい、食らいつきました(笑)。

店もとても繁盛していたので良かったです。

 

帰宅してYさんからお裾分けしていただいたナスを車から降ろしました。生産者さんから支援活動のために、育ちすぎて出荷できないナスをたくさん寄付していただいたそうです。

長さが30センチ以上あり、ナスというよりヘチマのようです。

我が家でも到底食べきれないので、ご近所に配りました。

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お裾分けでいただいた巨大なナス

ちなみに熊本県は農業生産量で、どの品目もほとんどがベスト5以内に入っています。ナス生産量は全国二位です。

熊本県は大地震と水害に叩かれ続けてきましたが、その都度たくましく復活し、大地の実りを生み出しています。

 

今日は東京五輪の開会式が行われますが、当初の「復興五輪」というキャッチフレーズは誰も口にしなくなってしまいました。

その復興とは東日本大震災からの復興を指しているのですが、人吉に住む私たちは五輪とは関係なしに、復興に向けて歩んでいます。

明石歩道橋事故から20年 知られざる殉教者

2001年7月21日に発生した「明石歩道橋事故」から、今日で20年を迎えました。

この事故は明石海岸での花火大会を見るために集まった人々がJR朝霞駅前の歩道橋に集中し、大規模な将棋倒しである「群衆雪崩」の発生によって起こされたものです。

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事故発生時の画像(NHKアーカイブスのサイトより転載)

 

この事故で11人の方が亡くなりましたが、うち9人は小学生以下の幼い子どもでした。

二人の大人の犠牲者のうちの一人、草替律子さん(当時71歳)は日本正教会の信徒でした。

草替さんは母親の手から引き離されて、群衆に踏みつぶされそうになった当時ゼロ歳の赤ちゃんを身を挺して助けたのですが、ご自身は人々の下敷きになって亡くなったのです。

 

事故当時、私は会社員でした。仕事中に立ち寄ったコンビニで、事故を報じた写真週刊誌をたまたま手に取ると、棺の中の草替さんの着物の裾をまくって悲しみを訴えているご主人の写真が目に飛び込んできました。遺体の足は人々に踏みつけられて内出血だらけになっていました。

事故死した人の遺体の写真がメディアに掲載されるというのは稀なことであり、大変ショッキングで今も記憶に残っています。

その葬儀の装飾が正教会のものだったので、「あれ、この方は信者さんだったのかな」と思いましたが、直接は知らない方だったので、その時は気に留めませんでした。

草替さんが赤ちゃんを助けて亡くなったことは、後で知りました。

 

この時に命を助けられた赤ちゃん、山下翔馬さんは今年20歳になりました。山下さんは毎年、7月21日に事故現場を訪れて手を合わせているそうです。

 

また、草替さんの出身教会である北海道・上武佐教会では、毎年草替さんのご命日にパニヒダが献じられています。

 

さて私は以前、「殉教者」という概念について投稿しています。

殉教者とは異教徒や権力者によって非業の死を遂げた人々ばかりを連想しがちですが、教会が讃えているのはその人の死ではなく、最後まで信仰を貫いたその人の生き方であると書きました。 

 

 

frgregory.hatenablog.com

 

草替さんは昔の聖人伝のような非業の死とは異なりますが、自分の命と引き換えに名も知らぬ子どもの命を助けたことを通して、究極のキリスト教信仰を証したと言えましょう。

教会が列聖していなくても、ご生涯としては立派な殉教者です。

 

エスは「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」(ヨハネ15:13)と言っています。

ではその愛の対象の「友」とは誰でしょう。イエスは「自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている」(ルカ6:32-33)と言っています。

つまり、実際の利害関係がある人を愛するのは当たり前のことであって、自分とは関係ない相手、時には敵対する相手をも愛することに信仰上の意味があるのです。

従ってイエスがいう「友」、あるいは「隣人」とは、「自分以外のすべての人」が対象ということになります。

 

明石歩道橋事故を教訓に、社会としてイベントの安全対策や交通インフラのあり方を考えることはもちろん大切です。

しかし、同時にクリスチャンである私は、自分を捨てて子どもを救った知られざる殉教者・草替律子さんを敬い、その精神を少しでも見習っていきたいと思っています。