九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。熊本県人吉市から情報発信しています。

梅雨入りとコロナ感染拡大

今日、九州南部の梅雨入りが発表されました。

平年より19日早く、観測史上でも二番目に早いとのことです。

 

ちなみに気象庁の定義する九州南部とは、鹿児島県と宮崎県のことであり、熊本県は九州北部に分類されるのですが、わが人吉球磨地方の気象は、熊本市やさらに北の福岡や大分よりも、むしろ境を接している鹿児島・宮崎両県と一致しているように感じています。

実際、今日は午後から雨が降り始め、明日以降も毎日降り続くとの予報です。これを梅雨と言わずして何と言うのでしょう。

 

確かに今年は、花々の咲く時期が異常に早かった印象があります。また、気温も二月末から連日のように20℃以上。三月の終わりには26℃の夏日の日までありました。

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熊本市の満開の梅(2月13日)

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水上村の満開を過ぎた桜(3月23日)

 

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鹿児島ハリストス正教会の満開のツツジ(3月27日)

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玉名市の満開のフジ(4月7日)


そもそも昨日、洗礼のために鹿児島ハリストス正教会に行ったら、アジサイやユリの花がもう咲いていました。 

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鹿児島ハリストス正教会アジサイとユリ(5月10日)

我々人間だけが異常気象だと慌てふためいているだけで、大自然は何も気にせずに日々の営みを続けています。彼らには文字に書いたカレンダーは関係ないのですから。

 

さて、さらに報道では今日一日の熊本県のコロナ新規感染者が最多を更新したとありました。

一昨日に熊本教会で復活祭を司祷してきたばかりですが、万一教会で感染者を出してしまったら…と思うと心配です。

 

しかし、私たちの神学で「神がこの世の万物を創造した」と定義している以上、コロナウイルスもまた、自然界に存在する「神の被造物」の一つと理解せざるを得ません。その意味では、上に過去の写真を掲載した美しい花々と全く一緒です。

つまり、私たちキリスト者は他の自然災害に対するのと同じく、コロナウイルスにも感染防止のための対策を自分自身が気をつければ良いのであって(信仰があればコロナは怖くないとか感染しないといった、カルト的な妄言をいう人には断じて与しません)、肝心なのは世間の情報に振り回されて右往左往するのではなく、神を信じ、神の国を求めていこうということです。

 

そのことは、イエスも「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらの(地上の)ものは皆加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな」(マタイ6:33-34)と言っています。

これは今この時だからこそ、大切な主の御言葉だと思いましたので、教会管区のホームページの司祭メッセージにも引用して書きました。ご笑覧ください。

https://www.ocj-kyushu.com/

 

困難の中でも希望を失わずにいようと思い続けています。

病者洗礼 立ちはだかったハードル

今日は鹿児島ハリストス正教会で、闘病中のマチ子さん(仮名)の洗礼を行いました。

 

マチ子さんの娘の夏子さん(仮名)は鹿児島市出身で米国在住。ギリシャ系のご主人と結婚し、ご自身も正教徒です。

先月、夏子さんは病気が進行したマチ子さんの看病のために帰国しました。そして私にメールで、入院中のマチ子さんの洗礼を依頼されたのです。人生を正教会のクリスチャンとして終えたいとの願いを叶えたいということのようでした。

私としてはもちろんOKです。しかし今はコロナ禍で、入院患者の面会が難しいことは承知していたので、いわゆる「看取り」ということで面会できるよう、病院と交渉してもらえないかと夏子さんに頼みました。

 

ちなみに、正教会においては「目に見えない神の恩寵を目に見える形で『生きている』信者が受け取る」ための重要な典礼が七つあり、これを機密(Sacrament)と呼んでいます。洗礼はその一つであり、他には傅膏(洗礼に続いて聖霊の賜物を受ける)、聖体(キリストの体と血をいただく)、婚配(信者の結婚)、痛悔(罪の告白と赦し)、神品(聖職者の叙任)、聖傅(病者の癒しを祈って油をつける)があります。

どれも実際の相手がそこにいて初めて成立するものであり、いわゆるヴァーチャルは絶対にあり得ません。たとえば聖体礼儀の動画を見て、自分もそこにいる気分になるだけでは聖体を拝領したことにはならない、ということです。

また、生きている人が対象ということは、既に亡くなった人に洗礼を授けても無効です。そもそも、相手が死んでいると分かっていて司祭が洗礼を行った時、その司祭は解職され、二度と復職できません。(吉田茂元首相は死後にカトリックの洗礼を受け、東京カテドラルで葬儀が行われたことは有名ですが、それはカトリックのルールであって正教会では考えられません)

そのようなわけで、マチ子さんの願いを叶えるためには何が何でも本人に会わなくてはならなかったのです。

 

しかし、病院は部外者の立ち入りは一切不可という方針に変わりがなく、マチ子さんに会うすべは全くありませんでした。どうしても超えられないハードルです。

病院の考え自体は極めて当たり前のことです。面会の制限に一度例外を認めてしまったら、「あの人は良かったのに何でうちは駄目なのか」と苦情になるに決まっていますし、もし院内感染でクラスターになろうものなら、責任を取らされるのは病院です。

私たちの教会も感染防止のために、本来オープンであるはずの礼拝を非公開にするなどしているのですからお互い様であり、病院を批判できません。

 

どうしようか悩んでいたところ、夏子さんから連絡がありました。5月10日に転院することになったので、病院を移動する途中なら本人とコンタクトできるというのです。つまり病院としては、病院の中に人が立ち入るのはお断りだが、移動の道中に患者が何をしようと関知しない、ということです。

そこで夏子さんと話し合い、マチ子さんを乗せた車を新しい病院に向かう途中で、鹿児島ハリストス正教会に寄ってもらうことにしました。また、マチ子さんは立ったり歩いたりするのはもはや無理なので、洗礼を聖堂の中で行うことは諦め、本人を車から降ろさずに行うことにしました。

 

洗礼式の祈祷文は長いので、夏子さんが病院にマチ子さんを迎えに行っている間、私の車のトランクに布を敷いて、にわか作りの祭壇のようにし、到着まで祈祷文を読み続けました。

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車のトランクをにわか作りの祭壇に

 

マチ子さんを乗せた車が到着。時間をかけられないので、マチ子さんをシートに座らせたまま祈祷文を読み上げ、洗礼と傅膏機密を行いました。

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マチ子さん(仮名)の洗礼

10分にも満たない時間しか許されない中で、マチ子さんを教会の姉妹に迎えることができ、安心しました。

車を停めた脇には、アジサイと白ユリの花が咲いていました。マチ子さんのキリスト者としての永遠の生命が今日から始まることを、祝っているようでした。

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鹿児島教会に咲いたアジサイと白ユリ



今回はこのような形で、かなりイレギュラーとはいえ洗礼ができましたが、今後も病者の洗礼や、病気の信徒の回復を祈る病者平癒祈祷などが、病院や高齢者施設への立入禁止のためできない事案が続くと思われます。自宅での介護や看取りなら問題はないのですが、今のわが国の環境では自宅療養できるお宅は限られるでしょう。しばらく今日のような病院との「知恵比べ」のような牧会をしていかなければならないと、腹をくくっています。

熊本で復活祭

コロナの感染拡大が進んでいますが、九州の拡大ペースは特にひどく、昨日は九州各県で一日の新規感染者数が最多を更新しました。熊本県も三桁に達しました。

 

 

そのような訳で、会堂が狭くて密にならざるを得ず、また地域の感染者数も群を抜いている福岡と熊本については、祈祷を所属信徒限りにしたのは、これまでに書いた通りです。

 

そのような中、今日は熊本ハリストス正教会で復活祭の祈祷を執り行いました。

上記のように所属信徒だけしかオープンにしなかったので、先週の人吉での復活祭とは対称的に、参祷者は6人だけでした。

寂しいことですが、感染防止のためには仕方ありません。

 


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妻が作ったイースターエッグとクリーチ(復活祭のためのロシア風菓子パン)を成聖し、祈祷後に参祷者にお配りしました。

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イースターエッグの成聖


さらに今日は母の日。所属信徒の中で高齢女性(ちょうど私たち夫婦の母親と同年代)が4人いるので、鉢植えのカーネーションをプレゼントすることにしました。

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妻が買ってきたプレゼント用のカーネーション

 

4人のうち90代の二人は参祷できなかったので、これらのプレゼントを午後、ご自宅までお届け。元気な姿を見てきました。

 

信者さんをコロナから守るために、教会は最大限の対策をすべきだと考えており、結果として教会の活動が制約されるのも事実なのですが、教会がエクリシア(ギリシャ語で教会。元の意味は「共同体」)であることを失わないように、信者さんとの繋がりをしっかり保っていきたいと考えています。

ブラームスとチャイコフスキー 同じ誕生日の大作曲家

今日、5月7日は1833年ヨハネス・ブラームス1840年ピョートル・チャイコフスキーが生まれた日です。

二人はほぼ同年代ですが、亡くなったのもチャイコフスキー1893年11月、ブラームスが1897年4月と、3年半しか違いません。つまり活躍した時代が完全に重なっているわけです。

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ブラームス(1833-1897)

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チャイコフスキー(1840-1893)

ちなみに日本の有名人では、木戸孝允桂小五郎)がブラームスと、渋沢栄一チャイコフスキーと同い年です。つまり、わが国の幕末から明治中期くらいを生きた人々だといえます。

 

私は子どもの頃からクラシック音楽を聴くのが好きで今日に至っているのですが、ブラームスチャイコフスキーも大好きな作曲家です。その二人の誕生日が同じということで、5月7日になると二人の作品を聴きたくなります。

 

今日はたまたまYouTubeを検索していたら、「六重奏曲 Brahms vs Tshaikovsky」というタイトルで、二人の弦楽六重奏曲のヴァーチャルコンサートの動画がヒットしました。

ちなみに私自身は高校時代の部活で室内合奏団に入り、そのおかげでクラシック音楽のジャンルの中では室内楽が大好きです。


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上演されているチャイコフスキーの作品は「フィレンツェの思い出」作品70。彼の晩年の作品であり、最後の室内楽曲です。

ちなみに彼の最後の作品は、有名な交響曲第6番「悲愴」作品74。彼は悲愴を自ら指揮して初演した9日後に急死しましたが、年齢は53歳で、老人でも闘病中でもありませんでした。よって「フィレンツェの思い出」も時期的には晩年の作品とはいえ、力強くて緊張感のある音楽だと思います。ちょっと副題が曲想と合っていない気がしますが…

 

この作品と直接関係ありませんが、チャイコフスキーは当然ロシア正教会の信徒でしたから、正教会の宗教曲も書いています。「金口イオアンの聖体礼儀」作品41は、実際の聖体礼儀で歌うことを想定して書かれたものです。カトリックのミサ曲と異なり、正教会の祈祷の聖歌を「通作」するのは稀な取り組みです。ただ、この曲の音源のほとんどは「合唱曲」として録音されており、聖職者との声の掛け合いがありませんので、私には音取り練習音源のようで、何とも間が抜けて気に入らないのですが。


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さてブラームスの作品は弦楽六重奏曲第二番。彼が32歳の時の作品です。同時期にピアノ五重奏曲やホルン三重奏曲、チェロソナタ第一番など、室内楽曲を集中的に書いています。

 

また三年後の1868年には「ドイツ・レクイエム」を出しました。これは宗教曲というより、聖書のテキストにインスパイアされた世俗合唱曲(その意味ではヘンデルの「メサイア」も同じ)ですが、歌詞である聖句の選択といい、歌詞の意味と曲のマッチングといい、本当に素晴らしい作品です。

実際に歌ってみると、第一曲の「悲しむ者は幸いである、彼らは慰められる」(マタイ5:4)から始まって、終曲の「主のうちに死ぬ者は幸いである」(黙示14:13)に到達すると、「ああ、キリスト者の最終目標は、主と共に天にあることなんだ。だから信仰ある限り、死もまた悲しみではなく幸い(selig)なんだ」と再認識させられて目がウルウルしてきます。

下の動画はノルウェーソリスト合唱団による「ドイツ・レクイエム」の演奏。ソリスト合唱団なんて矛盾した名前ですが、声楽家による少数精鋭の合唱です。合唱の人数が少ないのに、ピアノ伴奏版でなくフルオケ伴奏で大丈夫かと思いましたが、実にクリアな合唱で本当に素晴らしい演奏です。


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いずれにせよ器楽曲であれ声楽曲であれ、心に染み入る作風の作曲家だと私は思います。

ちなみに彼の交響曲第一番の初演は1876年で43歳の時。彼は交響曲を書くからにはベートーヴェンのそれと比肩しうるものでなければならないと思っていて、完成まで21年かかったというのは有名な話ですが、結果として26歳の時に書いたピアノ協奏曲第一番(これは青春のモヤモヤ感を吐露したような熱い曲ですが)を除いて、大編成のオーケストラ曲は人生の後半でしか書いていません。

 

二人とも作品の数は決して多くありません。作品番号が付いている曲ではブラームスが122曲、チャイコフスキーは74曲しかありません。確かに二人は長生きとは到底言えませんが、もっと早死にだったモーツァルトも最後の作品「レクイエム」はKv626です。

その限られた数の二人の作品は、クラシック音楽を聴きだして半世紀になる私の心を今でもとらえています。

 

 

キリスト教社会共通の人気者 聖ゲオルギオスの日

今日はユリウス暦の4月23日、聖ゲオルギオス(日本正教会の表記は聖大致命者ゲオルギイ)の祭日です。

ゲオルギオスは古来、東西キリスト教会に共通して大変人気のある聖人です。ジョージ(英語)、ジョルジュ(フランス)、ジョルジョ(イタリア)、ホルヘ(スペイン)、ゲオルク(ドイツ)、ユーリイ(ロシア)…全て聖ゲオルギオスから取った男性名です。

 

ゲオルギオスは3世紀の終わりに、カッパドキア(現在のトルコ南東部)に生まれたローマ軍の武将だったと言われています。

ローマのディオクレティアヌス帝が303年、キリスト教徒にローマの伝統宗教への改宗を強制し、拒否した者を処刑するという弾圧を行った時、キリスト教徒だったゲオルギオスは信仰を貫いて棄教を拒否し、斬首されました。そのことから正教会では、偉大な殉教者(The Great Martyr)を意味する「聖大致命者」という呼称を彼の名前に冠しています。

ちなみに権力闘争に勝利して、ディオクレティアヌスの次の皇帝に即位したのがコンスタンティヌス帝。313年にキリスト教を容認するミラノ勅令を宣言し、ローマ帝国を初めてキリスト教化した人物です。ゲオルギオスも、もう少しうまく立ち回って生き延び、コンスタンティヌス帝の家来になっていたら相当出世できたでしょう。しかし、それでは後の人々からこんなに尊敬されなかったし、聖人にもなれなかったのですが。

 

このゲオルギオスの名を高めているのは「竜退治」の伝説です。

伝説によれば、リビアのシレネという町に凶悪な竜が棲み付いており、市民は竜が悪さをしないよう、生贄として羊を与えていました。しかし羊が足りなくなり、くじ引きで選んだ人間を人身御供として与えるようになりました。

そして、ついに王女がくじに当たり、竜に差し出されることになりました。そこへやって来たゲオルギオスが竜を退治し、王女と市民を救ったというものです。

ちなみに、市民がキリスト教に改宗するのを交換条件に竜退治を引き受け、それで皆が洗礼を受けたという伝説もあります。それではあざと過ぎて、全然美談ではないと思うのですが…

この伝説はキリスト教以前の異教時代の英雄譚が、勇猛な武将だったゲオルギオスと結びついて作られたという説が有力です。いずれにせよ、この竜退治伝説が背景となって、聖ゲオルギオスのイコンは竜を倒す勇者として描かれるのが「お約束」となっています。下の写真は2018年秋にジョージアに巡礼した時、東洋人の正教会司祭を初めて見た修道女が喜んで、私に下さったイコンですが、やはり竜を退治するゲオルギオスが描かれています。

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聖大致命者ゲオルギイを描いたジョージアのイコン

 

このような背景で中世の王侯や軍隊は、ゲオルギオスを武勇の象徴として敬ってきました。

国家ではジョージアイングランドが国の守護聖人と位置付け、白地に赤十字のゲオルギオスを象徴する旗「Saint George Flag」を国旗としています。そもそも「ジョージア」という国名自体が「聖ゲオルギオスの」という意味です。

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ジョージア国旗

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聖ジョージ旗(イングランド国旗)

ちなみに今日の英国(United Kingdom)国旗のユニオンジャックは、このイングランドの聖ジョージ旗、スコットランドの聖アンドリュー旗(青地に白の✖字)、アイルランドの聖パトリック旗(白地に赤の✖字)の三つの王国旗を合わせたものです。

 

ロシア(正確にはキエフ=ルーシ大公国)は988年にキリスト教を受け入れましたが、聖ゲオルギオスの伝説も共に伝えられ、やはり武勇の聖人ということで崇敬されてきました。帝政ロシアとモスクワ市はゲオルギオスを守護聖人とし、それぞれのシンボルマークにゲオルギオスの竜退治の絵を描いています。

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ロシア国章(上)とモスクワ市章(下)

ちなみに帝政ロシア時代の軍人の最高勲章は「聖ゲオルギイ勲章」です。

 

さて、彼は王や軍隊だけでなく、民衆にも「農業」の守護聖人として敬われていました。そもそもゲオルギオスという名はギリシャ語で「大地の人」、すなわち農夫を意味するからです。

祭日が4月23日ということもあり、ヨーロッパにおいて「ゲオルギオスの日」は、その年の農耕の「仕事始めの日」と位置付けられてきました。

 

このように、正教会カトリックプロテスタントを問わず、また王や軍人と庶民とを問わず、伝説を伴って広くキリスト教社会で愛されてきた聖ゲオルギオス。ヨーロッパの民俗文化を知る上でのキーマンとなって今日に至っています。

人吉で聖火リレー

今日と明日は熊本県東京五輪聖火リレーが行われます。

スタート地はわが人吉市。水害被災地の応援キャンペーンという趣旨でしょう。 

 

午前10時に人吉城を出発し、国宝・青井阿蘇神社まで国道445号線を1キロ半ほど走るとのこと。これは人吉市中心部のメインストリートですが、球磨川に沿っているため、昨年の水害で大きな被害を受け、沿道に廃墟や更地がまだ多く残っています。

 

人吉ハリストス正教会からすぐ近くなので、教会に車を停めて見に行ってみました。前回の東京五輪は私が1歳の時なので、当然ながら聖火リレーを見たことは過去に一度もありません。また、自分が住む街が聖火リレーのルートに選ばれるというのも、偶然にしては出来過ぎなので、これもいい経験かなと思った次第です。

仮に今後、東京五輪の開催が中止になっても、人吉で聖火リレーを見たという経験は残りますし…

 

今日の午前中は大雨。

聖火ランナーには有名人はおらず(人吉出身の内村光良さんがサプライズで走るだろうと言われていましたが、全くのガセネタ)、市民の方ばかりでしたが、ずぶ濡れでちょっと気の毒でした。

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人吉で聖火リレー

それよりも、協賛企業の宣伝カーの車列がパレードのように続いて、ランナーが姿を見せるまで雨の中、15分ほど宣伝カーを眺めることに。(動画はランナーが来る直前の数分間だけ残してカットしました)

名だたる一流企業ばかりですが、人吉の復興のためというならオリンピックではなく、地元自治体に寄付してくれよと、ちょっと浅ましい気持ちになってしまいました…


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明日は益城町など、5年前の熊本地震の被災地をリレーして、熊本市が終点とのこと。もっとも、熊本市は県内でもコロナ感染が桁外れに拡大しているので、公道を走らないことが決定しています。

益々、何のためのイベントか分からないです。

東京五輪開催について、賛否を公言できる立場でないので書きませんが、「何のための五輪開催なのか」「五輪開催にあたり、もっと大切な国民の健康と生命をどう保障するのか」 、納得できる説明がないと素直に喜べないよなあ、と思っています。

正教会では「食」も信仰生活の一環

昨日は4月にご葬儀を行った方の40日祭パニヒダ(故人の永眠後40日目を記憶する祈り)を執り行うため、福岡に出張していました。

5月2日に福岡で復活祭を執り行い、現地に泊まって翌日にパニヒダを献じる予定でしたが、福岡県の外出自粛要請を受けて、公開の教会行事である復活祭を延期し、パニヒダを行うためだけに日帰り出張したということです。

 

祈祷後に後片付けをして、福岡伝道所を出た時は14時近くなっていました。伝道所の近くに老舗の美味しいイタリア料理店があるので、昼の営業時間が終わる前に駆け込みました。

自家製麺のパスタがいろいろあるのですが、昨日は迷わず卵とチーズと自家製ベーコンを沢山使った特製カルボナーラを注文しました。それらの食材は大斎の間、1か月半以上口にしていませんでしたので、もともと美味しい料理がさらに美味しく感じられました。

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特製カルボナーラ

 

ちなみに前日の復活祭の夜は、近所で月に二回ほど店を出す屋台の焼き鳥屋で、各種の焼き鳥をごっそり購入しました。写真は私が食べた分です。

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復活祭の夕食は焼き鳥

この屋台の焼き鳥はとても美味しいので人気があり、買うのに予約が必要なほどです。我が家もいつも買っていたのですが、妻は店主に顔を覚えられてしまったようで、予約しに行ったら「しばらく買いに来なかったけど、どうしたの」と言われてしまったそうです(笑)。確かに断肉の主日の前日、3月6日の土曜日に「肉を食べ尽くす」 ために買ったのが最後でしたから、常連だったのが約2か月も来ないので不思議に思われたのも無理ないなと思いました。

二か月ぶりに口にした焼き鳥は、一本が100円ほどの安い食べ物ですが、復活祭を迎えて斎から解放された私には、どんな高級料理にも勝るとも劣らない美味しさを感じました。決して大げさではなく、「自分が生かされている喜び」を実感しました。

 

正教会には、このように特定の期間や曜日に動物性の食品を断つ「斎」(ものいみ)という信仰上の習慣があります。正教会という「一部の宗派の風変わりな習慣」と思われている節があるのですが、実際はそうではなく、少なくとも宗教改革以前まではキリスト教共通の伝統的な信仰生活として守られていたものです。しかし、社会の近代化と教会の世俗化に伴って、カトリックでもプロテスタントでも、つまり「西欧のキリスト教」において、この伝統が失われてしまったのです。

 

斎は英語でfastingですが、そのせいか「断食」と訳されることが多いようです。その結果、イスラム教のラマダンのように何も食べない意味に誤解されがちですが、実際は動物や鳥、魚の肉やその生産物(卵や乳など)、つまり「特定の動物性食材を断つ」ことです。

これが行われるのは復活祭前の約7週間や降誕祭前の40日間など、重要な祭を迎えるための準備期間の位置づけとしてです。また曜日なら、ユダが銀30枚でイエスを売った曜日の水曜日と、イエスが十字架につけられた曜日の金曜日が斎日です。つまり、期間であれ曜日であれ、信仰の上で重要なことを記憶すべき時に付随して行われるのであって、機械的にやっているのではありません。もちろん、意味が分からずに機械的に「斎はルールだ」と思っている信者は少なくないのですが…

 

では何のために斎、特に一番期間が長い大斎(Great Lent)があるのでしょうか。斎の意味づけはいろいろあるのですが、究極的には現代の正教会を代表する英国の神学者カリストス・ウェア府主教が「The Meaning of the Grear Fast」という文章の中で述べた「斎の第一の目的は我々に神への依存を自覚させることである」という言葉に尽きます。 

人間は何も食べなければ生きることができません。かと言って、生活の中でいつも好きなものを好きな時に好きなだけ食べ続けていたら、食べることも生きていることも自分にとって「当たり前」になってしまい、それを与えてくださっているはずの神の存在を忘れさせてしまいます。神の存在を忘れて自分の力で生きているように錯覚する、これがキリスト教で定義するところの「罪」です。

そこで、一人ひとりが神から授かった「自分の意思」で、食事の内容に一定の制限を加えることにより、自然の恵みである食べ物も自分自身の命も、全て神が与えてくれていることを自覚し、降誕、受難、復活といった大きな主の御業を記憶しましょう、というのが斎の趣旨なのです。

 

それでは次に、なぜ動物性食品に断食を限定するのでしょうか。信者の中にも、「生き物の殺生の罪を禁じるために、動物性食品を断つ」と思っている人が少なくありません。しかし、それなら肉や卵を特定の期間だけでなく、365日食べてはならないはずですし、また牛を殺していないのに牛乳を摂っては駄目だというのは理屈が通りません。そもそも旧約聖書を読むと、神自身が牛や羊を殺して生贄に捧げろと要求しているではありませんか!

つまり、人間と他の生物をいっしょくたにして殺生を禁じるという発想自体が、キリスト教的でない「異教思想」です。(動物愛護を否定するものではありません。生き物を慈しむことと、食用動物を食べることは別次元です)

答えはいくつかあるのですが、「人間が創造された時の食生活に近づくことで、罪に陥る以前の人間のあるべき姿を思い出す」という答えが最も説得力があると考えます。

神は人間を創造して「全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、全てあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる」(創世記1:29)、「園の全ての木から取って食べなさい。ただし善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」(創世記2:16-17)と言ったと聖書にあります。つまりエデンの園では、最初の人間アダムとエヴァに与えられた食べ物は植物であって、他の生物は共生する存在だったのです。

アダムとエヴァは神の命令を自らの意思で破り、「善悪の知識の木」の実を食べてしまいました。つまり、彼らは上記の「神の存在を忘れて自分の力で生きているように錯覚」をしたのであり、この人類初の「罪」によって人間は誰でも死ぬようになった、と私たちは考えます。

キリストの復活を信じることで、私たちもいつか死から復活し、アダムが罪に陥る以前の神と共に永遠に生きる存在に戻ろう…これがキリスト教信仰の目的です。その意味で「自らの意思で」植物性の食事を選択し、人類が創られた時の状態を思い出そうというのが、斎の主たる意味だと言えます。そして、復活祭や降誕祭といった「目的地」に到達し、斎期が解けた時は肉や卵もまた、神から与えられたありがたい糧の一つだと気づくこともできるのです。

 

このように正教会において信仰とは、ただ聖書を読んで頭の中だけでイメージを膨らませるものではなく、神から与えられた命に生きる日々の生活において証していくものであって、「食」もまたその一つなのです。