九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。熊本県人吉市から情報発信しています。

神現祭の日に新たな挑戦

今日はユリウス暦で1月6日であり、正教会の大祭の一つである神現祭(Epiphany)の日となります。

神現祭とはイエスヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受け、三位一体の神の子であることを示した出来事(マタイ3章)を記念する祭です。

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イコン「主の洗礼」

西方教会カトリックプロテスタントのこと)では、神現祭は「主の公現」または「顕現祭」といった訳語が充てられていますが、記念するのは降誕したイエスに東方の三博士が会いに来て宝物を献じた出来事(マタイ2章)ですので、正教会とは趣旨が異なっています。ちなみに正教会では、東方の三博士の訪問は降誕祭で記念される出来事です。

 

さて私たちキリスト者は、一言でいえば「イエスは神であり、救世主(キリスト)である」と信じており、その証しとして洗礼を受けています。では、その信じる対象のはずのキリスト自身がなぜ洗礼を受ける必要があったのか。それについては、既に教会のウェブサイトに書いており、同じことを書くのも大変なので、リンクを貼っておきます。

 

その記事にも書いていますが、キリスト教の洗礼とは新約聖書のロマ書(ローマ人への手紙)第6章によれば、「古い自分が死に、新しい自分が再生する」ことを意味しています。

その意味では神現祭の今日、40年ぶりにあることに再挑戦することにしました。バイオリンの練習です。

 

私は小さい頃からクラシック音楽が好きで楽器、特にバイオリンを習いたかったのですが、家では「バイオリンなんか学校の勉強に役立たないのに、金ばかりかかるから駄目だ」と言われてきました。

しかし、高校に入学した時、たくさんある部活動の中でバロック音楽の室内合奏団があるのを見つけ、早速入部してゼロからバイオリンを始めました。勉強して第一志望の高校に受かったのだから、親も文句は言えません(笑)。

同じ曲でも漫然と聞いているのと、実際にアンサンブルで演奏してみるのとでは大違いで、もともと好きだったバロック音楽、特にバッハの作品が一層好きになりました。

ただ、私以外のバイオリンパートの部員は皆、幼稚園からやってきた人たちばかりでした。過去の経験の差は埋めようがないので、大学でオーケストラに入るのは技術的に無理だと思い、高校卒業と同時に楽器は止めて合唱に転向しました。

 

つい先月、妻の勤め先の保育園の関係者のMさんが、バイオリンを習っていると知りました。ご本人に聞いてみると、熊本市在住で週に2回、人吉に出張で来ている講師の方がいて、その先生にレッスンしてもらっているとのことでした。

人吉には大きな合唱団はなく、それに加えてコロナ禍のため、九州に来てから全くリアルな合唱をしていなかったので、違う音楽をやりたいと思っており、大いに心が動きました。

それでMさんに講師の先生を紹介してくれとお願いし、今日のMさんのレッスンに合わせて先生に会いに行きました。そして即、入門を申し込みました。

私はもちろん、妻もMさんとはあまり面識がないので、今になって思うと図々しかったかも知れません(笑)。

とりあえず私のレッスンは来月から開始です。

 

1982年に高校を卒業してからちょうど40年間、全く楽器を触っていませんので、ゼロからやり直すことにしました。

どのくらいの技術レベルを目標にしているのかと聞かれたので、具体的にヴィヴァルディの「調和の霊感」の協奏曲イ短調くらいと答えたら(高校時代は全く無理だったレベル)、4年かければ十分行けると思うので、それまで頑張りましょうとの話でした。

新たに挑戦するのに(正確には再開)遅すぎることはないと普段から思っていますが、これでまた少なくとも4年間、人吉で取り組めるものができました。

私も来年で還暦ですが、神からいただいたこの人生を、何歳になっても豊かなものにしていきたいと思っています。

コロナ急拡大 教会はこれからどうする?

今日の午後は人吉ハリストス正教会で、一昨年永眠した信徒のパニヒダを執り行いました。

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パニヒダの設営

熊本県はコロナ新規感染者が連日最多更新中で、しかもこれまでは県内でも無風地帯だった人吉球磨地方で急増していますので、パニヒダもごく身内の方だけに来ていただき、茶菓の振る舞いなども控えさせてもらいました。祈祷だけで、ハイさよならというのは事務的で嫌なのですが、仕方ありません。

 

帰ってからニュースを見ると、今日は熊本県のコロナ感染者がさらに5割増しで、608人に。県庁所在地の熊本市が多いのは分かりますが、人吉球磨も人口が少ないにもかかわらず、激増です。

 

この結果、熊本県はまん延防止重点措置が適用されることになりました。

 

この県単位のいわゆる「まん防」というのは実にくせ者で、私たちのように広義のイベント(祈祷をイベントと呼ぶのは抵抗がありますが)を行う者には、どうすべきか何の指示もないのです。

つまり飲食店の営業時間や酒の提供の可否と、それに対する助成金がいくらという説明に終始しており、実質的には「飲食店への規制」となっています。それで昨秋の第五波の時は、どのくらいの費用対効果があったのでしょうか…

こちらとしてはもちろん、祈祷の時の感染防止対策は万全にやってきたつもりです。第五波の時は信者に「教会の中で声を出さないでください」という、異常な指示までしました。しかし、オミクロン株はワクチン2回接種済みの人ばかりのはずの病院や老人施設でもクラスターが発生しており、教会での感染防止対策は一筋縄ではいかないという印象です。

 

西日本教区は、毎年2月11日に講演会を開催しており、今年は私が講師を担当して大阪で開催されることが決まっています。

ただし今回はライブで話すのではなく、事前に動画に収録して当日に大阪教会で上映し、聴衆から質疑を受け付けるというスタイルで予定しています。事前収録は私自身が行って事務局に提出しなくてはならないのですが。

しかしこれでは、当日は聴衆も私自身も、大阪の会場に集合していなくてはならないことになります。ハイリスクと言えるでしょう。

そこで、今回の講演会の運営方法について、以前から今週末に予定されていた教区のオンライン会議で検討することになりました。

昨年は集合形式の開催自体を諦め、講話を録画してYouTube配信するに留めています。仮に同じスタイルになるとしても、私自身が事前収録することには変わりないので、手間も一緒なのですが…

 

文字通り「ウィズコロナ」時代の到来で、悩ましい限りです。

熊本に巡回

昨日から熊本に巡回していました。

 

私の妻は保育園で学童保育の手伝いをしていますが、学童保育には2015年に新設された公的資格「放課後児童支援員」があります。

都道府県などが実施する研修を受けないと資格は認定されないのですが、熊本県ではコロナのため研修がしばらく実施されず、妻は資格を取りたいにもかかわらずお預け状態でした。

しかし、ようやく今月実施の研修に出席できることになりました。

 

第一回の研修は昨日と今日の二日間、熊本県庁で実施されました。

昨日は朝9時の開始時間に間に合うよう、7時に人吉を出発。妻を県庁に送り届けました。

 

16時半に妻を迎えに行くまで終日フリーです。

そこで熊本ハリストス正教会に行って掃除をしてから、徒歩10分くらいのところにある熊本市立図書館に行って、来月講師を頼まれている教区主催の講演会のために資料調べをしました。

大学入試共通テストの初日なので、図書館の自習室は受験生で混んでいるかと思いましたが、空いていました。考えてみたら、試験当日なのだから受験生がいるわけないですね。

 

今朝はホテルから再び妻を県庁に送った後、10時から熊本教会で聖体礼儀。

金曜日に受けたPCR検査は陰性の結果通知が来たので、信者さんにコロナを移すリスクはなくて安心しましたが、さすがに熊本県内の感染者が最多更新中のためか、普段来ている高齢信徒の4人しか参祷者はいませんでした。仕方ないです。

熊本教会は聖歌も誦経も、奉仕を頼める信徒がいないので、普段から参祷者がいても妻とデュエット状態で祈祷しているのですが、今日はその妻もいないのでほぼ独演会状態になってしまいました…


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聖体礼儀に引き続き、一昨年永眠した信徒のパニヒダ。故人の奥さんは聖体礼儀に参祷していて、娘さん夫婦とお孫さんがパニヒダに合わせて到着しました。

お孫さんは二人いるのですが、上の子が来なかったので聞いてみると、いま中三で来週が高校入試とのこと。

どこに行っても今は受験一色だなと苦笑しました。

 

今日も妻を迎えに行くまで午後は時間があるので、二日連続で江津湖のほとりを散策しました。

江津湖は湖といっても、加勢川という川の幅が広がった部分であり、南北に細長い形状をしています。熊本市が流域に公園と遊歩道を整備しているので、ウォーキングやジョギングをしている人々がたくさんいます。

また、カワセミが現れるスポットには、アマチュア写真家のカメラが並んでいました。

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江津湖

熊本市阿蘇から下って来た地下水が湧き出る場所であり、水が豊かな街です。おかげで市内の中心地でも、このような美しい景観を満喫できます。

九州に着任して、熊本、鹿児島、福岡と、三つの街を週替わりで訪ねているわけですが、それぞれの街に個性と見どころがあって、いつも巡回を楽しみにしています。

熊本県の無料PCR検査

火曜日から東京の自宅に所用で戻り、昨夜帰宅しました。

東京では先週の時点でオミクロン株がまん延していたので、不安ではありました。

私は以前から書いていますが、自分が病気に罹って苦しむのが嫌なのではなく、司牧者である私自身がコロナの感染源となって、教会の中で信者に移すようなことは断じて許されないと考えています。特に教会に参祷する信徒は重症化リスクの高い高齢者が多いのでなおさらです。

しかも、オミクロン株の感染者の多くは無症状と報道されているので、もし私自身が感染していても気づかないおそれがあります。

 

幸いなことに熊本県は感染拡大を見越して、昨年末の12月29日から県民を対象に、指定の薬局などで無料のPCR検査を始めました。

そこで東京に出発する火曜日の朝、司祭館の近所にある指定薬局に電話。今朝一番の検査を予約しました。楽勝で予約できました。

 

私が東京にいる3日間に、ものすごい勢いで東京の感染が拡大したのは既に報道されている通りです。益々不安は高まりました。

しかし、それは都会だけの話だろうと思っていましたが、鹿児島空港に着いてネットをチェックしたら、熊本県も激増しています。

 

比較的無風地帯だった人吉球磨地方も、都会から年末年始で帰省した人から親族に拡がったのか、会食クラスターが発生しています。

 

どこにいても安心できないなと思いつつ、今朝9時に薬局へ。

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PCR検査を受けた薬局

唾液を採取して提出するだけなので、書類を記入する時間を含めて5分ほどで終わりました。結果はメールで送られてきます。

万一感染していたら家族に感染させるリスクがあるので、昨日帰宅してから家の中でもマスクをしています。妻も娘も保育園に勤めているので、もし彼女らが感染してさらに園児に移るようなことがあったら大問題になってしまいます。

まずは検査結果が出るまでの辛抱です。

 

県内では今週に急拡大したので、検査場はどこも一杯になっているようです。人吉市内の薬局も、私が三日前に電話した時は簡単に予約できたのに、今はどこも1週間待ちだそうです。

早めに手を打っておいて良かったと思いました。

 

明日から一泊で熊本出張です。熊本県内で最も感染拡大しているのは、一番の都会である熊本市ですので、もちろん不安はあります。

秋以降はだいぶ感染が収束していましたし、年末は降誕祭ということもあったので、これまでの対応を緩めて「皆さんで聖歌を歌いましょう」としましたが、また黙祷モード(祈祷中、信者は声を出さない)に戻さなければならないな、と思っています。

 

ワクチン二回接種済みでも安心できないと分かっている今、各自が日常生活で万全に万全を期して感染対策する以外に方法はないと考えます。皆様もどうかお気をつけられますように。

 

福岡での降誕祭

今日は福岡伝道所で降誕祭の聖体礼儀を執り行いました。

九州ではこの一か月間、毎週違う教会でクリスマスを祝ってきたわけですが、この福岡巡回で完了です。

 

今日は体調不良や用事で欠席者が多かったのですが、新たに参祷した外国出身の方もいて、参祷者は普段と変わらない16人でした。

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降誕祭の聖体礼儀(開式の祈り)


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福岡伝道所はソーシャルディスタンスが十分確保できないので、コロナ対策で祈祷後の祝賀会は昨年同様見送りにしましたが、参祷した皆さんにせめてクリスマス気分だけでも味わってもらおうと思い、解散の前にシャンメリーを一口分だけ配り、乾杯しました。

車で参祷している人も多いので、さすがに本物のアルコールはお出しできません(笑)。

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乾杯だけのクリスマスパーティー

九州地方は全国の中でも、コロナの感染拡大は抑えられてきたのですが、この数日間で急激に感染者が増えてしまいました。

来月以降の巡回自体、できるかどうか思案していますが、何とか開催できるよう祈るばかりです。

今日は降誕祭! クリスマスカード面白比較

本日、1月7日は降誕祭の日です。

熱心な信者には「クリスマスは12月25日ではなく、正教会では1月7日だから、1月7日が正しいんだ」と声高に主張する人もいるのですが、なぜそうなのかを示さずに自分たちが正しいと主張するのはカルト宗教と一緒です。

正しいも正しくないも降誕祭は4世紀に「12月25日」と定められたのであって、それ以外の選択肢はないのです。ただ、「何の暦の12月25日なのか」によって違いが生じているだけです。

 

日本正教会の教会暦は母教会であるロシア正教会に合わせてユリウス暦、つまりイエスがこの世にいた時代のローマと同じ暦を採用しています。

このユリウス暦と実際の地球の公転周期とのズレを調整し、1582年にローマ教皇グレゴリオ13世が採用した暦が、今日世界的に使われているグレゴリオ暦であり、両者は現時点で13日間ずれています。

このユリウス暦の12月25日が、今日のグレゴリオ暦では1月7日となるので、降誕祭も1月7日だというわけです。

 

また「(すべての)正教会は1月7日」という主張は、同じ正教会でも採用している暦がグレゴリオ暦の教会と、ユリウス暦の教会とが存在するので、正しくありません。

ユリウス暦を採用しているのは前出のロシアや日本の他、セルビアジョージア正教会が該当します。一方、ギリシャルーマニアブルガリアなどのバルカン諸国、あるいはアメリカ正教会(OCA)はグレゴリオ暦(正確には修正ユリウス暦という)を採用しています。よって彼らの降誕祭はカレンダーどおり12月25日です。

この辺りの「教会暦の違い」の話は1年ほど前に詳しく書いていますので、過去記事を貼っておきます。

 

frgregory.hatenablog.com

 

 

大変興味深いのは、ロシアでは元日に花火を打ち上げたり、大晦日の晩に年越しのご馳走を食べたりして盛大に祝うのですが(私自身はロシアで元日を迎えたことはないので実際に見てはいません)、その元日とは世界共通の「グレゴリオ暦の1月1日」なのです。

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元日午前零時のモスクワ・赤の広場

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ロシアの大晦日の年越しディナー

ちなみにロシアの国の暦は帝政時代までユリウス暦が用いられており、ロシア革命後の1918年2月から共産政権によってグレゴリオ暦に変更されて今日に至っています。

降誕祭は元日より前の12月の祭であり、その降誕祭をユリウス暦で祝うなら、元日のお祝いもユリウス暦、すなわち1月14日にしなければ矛盾してしまうと思うのですが、なぜかロシア社会ではそうなっていないのが面白いところです。

 

このロシア革命以降の「降誕祭と元日の逆転現象」はクリスマスカードの文言にも反映されています。

一般的なクリスマスカードの文言は「Merry Christmas and Happy New Year!」と、メリークリスマスの方が先になっています。日付が元日より前だからです。

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一般的なクリスマスカードの例

しかし、ロシアのクリスマスカードは「С Новым Годом и Рождеством!」と、「新年明けましておめでとう」に相当する「С Новым Годом」という文言の方が先になります。極端な場合、メリークリスマスに相当する「(С) Рождеством」という文言自体がなくて、サンタクロースが「新年明けましておめでとう」と言っているようなデザインも多いです(下の2枚目の画像)。

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ロシアのクリスマスカードの例

ちなみにギリシャのクリスマスカードは、メリークリスマスに相当する「カラ・フリストゥーゲナ」という文言の方が先です。ギリシャ正教会は前述のとおり、降誕祭はグレゴリオ暦に基づいて12月25日だからです。

 

正教会は当然ながら、世界のどこに行っても同じ教義を信じ、民族や言語の違いを超えて信仰において一致していますが、このように暦ひとつを取っても国や地域で違いがあり、それぞれの教会の個性を形成しているのです。そういう「信仰の一致と個性の尊重の両立」が正教会の特長であり、良さであると私は考えています。

地方社会で少子化を痛感

今日は娘の職場(保育園)も仕事初め。

私の職場送迎サービスも再開です。買った車の納車が来週の月曜日なので、もうじき卒業ですが。

 

さて、人吉球磨地方には大学がなく、高校を卒業した若者は地元で就職した一部の人を除き、進学組にしろ就職組にしろ、大半が都会に出て行ってしまいます。

そのため、成人式は成人の日ではなく、人吉市では1月3日、他の町村では4日に開催されています。新成人が出席しやすいよう、帰省のタイミングにしているのです。

 

昨日は人吉市の成人式が予定通り行われました。

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今年の人吉市成人式(人吉市公式ページより転載)

 

災害から復興途上にある人吉で、都会に行った若者たちが帰ってきて成人式に集うというのは、喜ばしいニュースではあります。

しかし報道で気になったのは、今回新成人を迎えたのは「345人」だったという点でした。町内会ではなく「市全体で345人」です。

別の報道(人吉新聞)を見たら、人吉市以外の球磨郡の町村と合計しても新成人は949人で、千人を切っています。

人吉球磨地方には高校が4校(5校あったが数年前に統廃合で1校なくなった)ありますが、どこも大幅に定員割れして全入状態です。受験者がトータルで千人もいないなら無理もないなと思いました。

 

不安になってきたので、人吉市のホームページで毎月更新されている年齢別人口を確認しました。

昨年11月末時点で、市内のゼロ歳児は163人! 今回の新成人の半分以下です。市全体の合計で一学年5クラスか6クラス程度しか編成できないことになります。

人吉市には中学校が3校、小学校が6校ありますが、こんなことで高校どころか義務教育自体が成り立つのでしょうか。

学校統廃合を進めるにしても、中心部から離れた場所に住んでいる子どもは通学できなくなってしまうので、限度があります。

壷井栄の名作『二十四の瞳』は、昭和3年の「瀬戸内海べりの一寒村」が舞台ですが、それから1世紀近くを経た令和になって、当地の一部の小学校は一学年12人程度の「二十四の瞳」状態になる可能性が濃厚なのです。寒村ではなく「市」なのに!

 

都会に出て行った若者は、ふるさとに帰って来る動機づけができれば呼び戻すことは可能です。ただし、人吉球磨には就職先としての大企業の事業所が皆無であり、さらに災害でのダメージもあるので、郷里の魅力を高めるためのハードルは厳しいですが。

しかし、今のように「始めから子どもが生まれて来ない」のであれば、働き手である将来の若者自体が存在しないことになり、もはや自治体そのものが自然消滅に向かってしまいます。

限界集落」という言葉がありますが、集落どころか自治体レベルで限界が見えてきているのです。

 

東京は働く場所があって人口が集中しているので、そこに住んでいる人々、とりわけ為政者にとっては、「少子化社会の脅威」は言葉として分かっていても実感できていないのかも知れません。

しかし、第二次世界大戦で亡くなった日本人は310万人とされていますが、今は新生児数の極端な減少のため、戦時中と同程度に毎年数十万人単位で人口が減っているのです。つまり世界戦争に匹敵する、あるいはそれ以上の日本国の脅威だと思うのですが。

 

社会としての解決策を考えるのは神父の務めではないので、ここに書くことはしませんが、公的なサービスに期待できなくなるのは間違いないので、他人のことをどうこう言う前に、まずは自分自身がいつまでも健康を維持して生活していくことができるよう、自己管理を怠りなくしていきたいと考えています。