昨日は九州北ハリストス正教会で聖体礼儀を執り行いました。
普段通っている人たちが数家族来られなかったのですが、それでも参祷者は15人いました。
福岡は旧伝道所時代から、聖体礼儀一回あたりの平均参祷者数が九州の他の三教会(熊本・人吉・鹿児島)の合計よりも多かったのですが、新教会は立地が良くなったので、さらに参祷者が増えるでしょう。
子どもや若者が多く来るのも福岡の特徴で、この日も参祷者15人中5人は小学生以下、2人は中学生、2人はウクライナ出身の大学生でした。60歳以上はステンドグラスを献納したシメオンさんと私の妻の二人だけです。
祈祷を動画に撮ると、子どもが元気に室内を走り回る音が入っていたりします。これも嬉しいことです。
さらに予想どおり、シメオンさんに献納いただいたステンドグラスが皆に好評だったので、大変晴れやかな気分で祈祷することができました。
この学校は1885年にメソジストの女性宣教師、ジェニー・ギールが創立した、歴史あるプロテスタントのミッションスクールです。
毎朝8時40分から、授業開始前の朝礼拝が行われていて、学校のチャプレンや牧師資格を持つ教員が持ち回りで説教しているのですが、毎週一回、外部の教会の牧師を呼んで話をさせているそうです。
私は偶然、プライベートでこちらの学校の宗教主事のO先生と知り合いだった関係で、「当校はミッションスクールであるにも関わらず、ノンクリスチャンの生徒が多く、またキリスト教もプロテスタントしか知らない子たちばかりなので、朝礼拝の中で正教会についてお話ししてもらえませんか」と依頼を受けました。
学校としてプロテスタントでない牧師(正確には司祭ですが)に依頼するのは過去にないということで、そういうチャレンジングな試みには大いに共感できましたのでお引き受けしました。
正教会司祭が他教派の教会の礼拝を司式することは許されませんが、正教会についての講話をすることなら問題ありません。
そのようなわけで昨日は福岡で宿泊し、今朝福岡女学院を訪ねました。
講話の主題は「違いと一致」です。
こちらは正教会司祭なので、プロテスタントの牧師先生のようにスーツ姿で説教するようなことはせず、ちゃんとリャサ(カソック)を着用して行きました。
正教会の聖堂はプロテスタント教会と違って、「信徒の座る椅子はない」「イコンがたくさんあり、とても大切にしている」「礼拝で楽器が演奏されることはない」といった外見上の違いを紹介。
なぜキリスト教に正教会、カトリック教会、プロテスタント教会の三つがあるのかを、キリスト教史から説明。
そして使徒言行録2章の聖霊降臨の記述をもとに、「世界には言語や文化の異なるたくさんの人々が住んでいる。宗教でさえも、さらにはキリスト教でさえも異なるグループが存在している。しかし、聖霊降臨で使徒たちが多くの言葉で話し始めたことに示されているように、福音は世界のすべての人々に向けられている。つまり神は人間の違いを超えて一つに結び付けようとしているのだから、私たちも世界の人々の多様性を理解するように努めよう」といった趣旨でまとめました。
O先生からは、始業時刻の関係で10分程度で話をまとめるように事前に言われていましたが、ボリュームが多い割にジャスト10分で話し終えたので良かったです。
熱心に聴いている生徒もいましたが、大半の生徒は居眠りしていました。でも自分の学生時代の朝礼を思えばむしろ自然で、微笑ましい光景です。
講堂にいたのは高校生たちで、中学生は教室にいて校内放送で聴講していたのですが、礼拝が終わって講堂から出ると、何人かの中学生が集まってきました。
私はイコンを持ってきて話したのですが、校内放送では実物が見えないので、どんなものか見せてほしいというのです。コンサートの終演後に、聴衆が楽屋口で出待ちしているみたいです。
しかし、あと数分で授業が始まるというのに、興味を持ってわざわざ教室から出てくる中学生がいたことに何だか嬉しくなりました。
礼拝の前後を含めて1時間足らずの滞在でしたが、福岡女学院のティーンエイジャーの皆さんの前で前例のない「非プロテスタントの先生のお話」をさせてもらって、こちらもほのぼのとした良い経験となりました。
そして昨日といい今日といい、子どもや青少年(正確には今日は少年でなく少女ですが)を相手に宣教牧会させてもらいましたが、これは今の日本正教会の教勢ではレアなことですので、自分はとても恵まれていると思っています。