九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。2019年から九州全域を担当しています。

鹿児島で復活祭 あとは引越しの荷造り!

一昨日は鹿児島ハリストス正教会で復活祭の聖体礼儀を執り行いました。

4週連続の九州復活祭ツアーの千秋楽(?)です。


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当初は雨の予報でしたが、実際は曇りでしたので開式の十字行(聖堂の周囲を行進すること)もできました。

復活祭の開式

イースターエッグの成聖

本来の復活祭当日から3週間も過ぎているので参祷者は8人(うち信徒6人)しかいませんでしたが、米国人信徒のアーロン兄とルーマニア人信徒のエレナ姉も来たので、復活祭での福音書は世界各国の言語で朗読するという正教会の伝統に則り、日英ルーマニアの三か国語で福音書朗読ができました。


このキリスト教信仰の根幹である主の復活を記念して、世界各国の言語で聖書を朗読するという伝統は、聖霊降臨の時に使徒たちが「ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒2:4)出来事、つまりキリストの福音が世界の全ての人々に等しく宣べ伝えられていることの象りです。

キリスト教信仰は特定の民族や国家のためではなく、万民のものだという聖書の教え、また正教会の考えをとても良く反映していると私は思っています。

もっとも、キリスト教民族主義ナショナリズムに結び付ける人々も歴史上、さらには現代でも存在しているのが残念なのですが。

何はともあれ、鹿児島のような信徒の少ない地方教会でも、国籍や民族を超えて同じ信仰の人々が集まり、祈りをともにできているのは喜ばしいことです。

 

さて復活祭の祈祷と、その後の昼食会を終え、近くの高齢者施設に入所しているペトルさんとフェウロニヤさん夫婦(ともに仮名)を訪問しました。

二人は鹿児島出身で現在米国在住のクセニヤさん(仮名)のご両親で、私が洗礼を授けました。その時の記事は過去に投稿しています。

 

frgregory.hatenablog.com

 

鹿児島教会の境内には四季折々の花が咲くように、いろいろな種類の庭木が植えてありますが、今はバラとアジサイが見ごろになっています。

鹿児島教会の境内の花々

そこでそれらの花々を切って、プレゼントとして持参。フェウロニヤさんと写真を撮って、米国のクセニヤさんに送りました。

 

こうして一連の復活祭の巡回を終えて人吉に戻った後は、日々引越しの荷造りをしています。

今の人吉の司祭館は借家で、田舎の家だけあってかなり広かったので調子に乗っていろいろな物、特に書籍を買ってしまいました。

しかし、福岡の司祭館は礼拝所を兼ねていて、プライベートな部屋は二部屋しかないので私物の置き場所がありません。そこで猛烈な勢いで断捨離しています。

 

人吉司祭館のネット接続も数時間後に切れますので、しばらく投稿できません。

というか、PCの前に座っている時間なんかありませんね。

荷造りを頑張らねば!

鹿児島で受難週間のスタート

今年、正教会では5月5日が復活祭です。

西方教会カトリックプロテスタント)とは1か月以上も間が開いていますが、その理由については先月書きました。

 

frgregory.hatenablog.com

 

復活祭前の1週間を正教会では受難週間(Passion Week)と呼びます。

4月26日はその初日の聖枝祭にあたりますが、今年は鹿児島ハリストス正教会で迎えました。

聖枝祭のイコン「イエスエルサレム入城」
(19世紀のロシア製・鹿児島ハリストス正教会所蔵)


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この祭はイエスエルサレム入城(ヨハネ12:12-19他)を記念するものです。

エルサレム市民がシュロの枝を持ってイエスを歓迎したという、ヨハネによる福音書の記述に基づき、聖体礼儀の参祷者にも開式の前に各種の枝が配られ、それを持って祈祷に与ります。

各種というのは、何の植物を用いるかは地域によって違いがあるからです。

それについては、以前に書いていますので、過去記事を添付しておきます。

 

frgregory.hatenablog.com

 

結論としては、正教会では「何の木の枝でも、さらには木でなく草花であっても構わない」ので、鹿児島教会での聖枝祭では妻が花束を作って、それを配りました。

鹿児島ハリストス正教会で配った花束

聖枝祭は英語では「シュロの日曜日」(Palm Sunday)、ロシア語では「枝の日曜日」と呼びますが、日本正教会では「花の主日」という別称もあります。

その意味では、枝ではなく草花だとしても、逆に理にかなっていると言えなくもありません。

 

鹿児島ハリストス正教会の境内には、いろいろな庭木が植えてあり、季節ごとに花を咲かせています。

今はバラとバンマツリカ(ジャスミンの一種)が見頃を迎えています。

鹿児島ハリストス正教会の庭木

 

今週はイエスの受難を記憶して、今度の日曜日は福岡新教会で初めての復活祭を執り行います。

この花々のように晴れやかに、主の復活をお祝いできればと思っています。

鹿児島でのウクライナ避難者支援と交流の集いへ

今日は鹿児島市北埠頭の「鹿児島県フードバンクセンター」で開催された「鹿児島県ウクライナ県人会」に伺いました。

鹿児島県フードバンクセンターの事務所を訪問


鹿児島県フードバンクセンターは企業などから食品・食材の寄付を募って鹿児島県内の生活困窮者、特に貧困世帯の子どもの救済活動を行っている民間団体です。

霧島市プロテスタント牧師の村上光信先生がこの事業を始め、今も代表をされています。

 

一昨年2月、ロシアのウクライナ侵攻が始まり、鹿児島にもウクライナから避難してきた人々が来たことから、この団体でウクライナ避難者の支援と市民との交流のための集いとして「鹿児島県ウクライナ県人会」を始められ、毎月第三土曜日に例会を開いています。

 

私はカトリック鹿児島司教区本部で開催されている超教派の聖職者勉強会に定期的に参加しているのですが、そこで村上先生と知り合いました。

もともと、2020年の人吉大水害の後、被災者支援のためにフードバンク活動を行っている方に人吉ハリストス正教会の建物をお貸ししていたので、フードバンクの仕組みについていろいろ聞かせていただいていたのですが、ウクライナ避難者支援も始められたと聞いて、ぜひ行って実際に見てみたいと思うようになりました。

ウクライナの宗教事情は複雑ではありますが、苦しんでいる国民の多くは私と同じ正教徒であることに間違いないからです。

 

鹿児島ハリストス正教会の信徒でルーマニア人のエレナさんの総菜店で差し入れの料理を購入し、事務所を訪問。

何人かの信徒から寄せられたウクライナ支援献金をお渡ししました。

 

会場には20人弱の人々が集まっていて、ウクライナ人は数人だけでしたが、普段はもっとたくさんのウクライナ人が来るそうです。

 

この日は日本語学校に通っているお母さんと、鹿児島市内の中学校に通っている娘さんの母娘ダブル卒業祝いとのことでした。

高齢ボランティアの方たちのハーモニカ演奏

事務局から母娘に卒業記念品贈呈

続いて支援者の持ち寄りの料理で昼食会。

持ち寄りの料理でブュッフェスタイルの昼食会

ウクライナの方が作った郷土料理のワレニキ(水餃子に似た料理)もありました。

ウクライナ料理・ワレニキ

もちろん、エレナさんの店で買ったルーマニア料理も並べてもらいました。

一瞬で無くなってしまいました!

差し入れたルーマニア料理

この日は県内の農業生産者から大量のトマトと卵の寄付があり、最後に来場者にお土産として配られました。

私も「教会の皆さんに」ということで、たくさんいただきましたので、明日の人吉ハリストス正教会の聖体礼儀後に参祷者に配ろうと思います。

寄付されたトマトと卵

 

参加していたウクライナ人の方たちから「鹿児島に正教会があるとは知らなかったのでカトリック教会に行っていた。正教会はどこにあるのか」「お祈りがあるのはいつか」など、いろいろ尋ねられたので鹿児島教会の場所と巡回日を教えました。

ちなみに、上記のエレナさんのルーマニア惣菜店は市内でも結構知られているので、「教会に行けばエレナさんに会えるのか」と尋ねた人もいました。

今後、私たちの教会が彼らの交流と宗教的安らぎの場になれれば良いと思います。

 

約2時間滞在して事務所を後にしました。

今日の鹿児島の気温は20℃を超え、初夏のような日差しだったので、帰りは鹿児島湾沿いの道をドライブしました。

桜島の景色が、今日のほのぼのとした気持ちを一層高めてくれました。

今日の桜島の景色

 

鹿児島で子どものためのクリスマスイベント

昨日は鹿児島ハリストス正教会に巡回。

少し早めの降誕祭を執り行いました。

鹿児島教会の降誕祭のイコン。明治時代のもの

信徒が飾りつけたクリスマスツリー


祈祷後は信徒会館で会食。

13時半から聖堂で、子どものためのクリスマスイベントを開催するので、のんびりとは食べていられません。

それでもルーマニア家庭料理の惣菜店を営むエレナさんが、自慢のルーマニア料理を差し入れてくれました。

差し入れのルーマニア料理

そうこうするうちに子どもたちが集まり始めたので、定刻の13時半にイベントを開始しました。

このイベントは、教会がある平之町の子ども会「平之町あいご会」と共催で、小学生の子どもたちを対象にしたものです。もう20年以上も続いています。

初めの頃に参加した子どもたちは、もうお父さんお母さんになっているでしょう。

私が着任した翌年の2020年からコロナ禍が始まって、中止に追い込まれたり、プレゼント配布だけで終わった年もありましたが、今年は過去最高の参加者数となりました。小学生だけで90人、付き添いの保護者も合わせると100人超です!

町内にはファミリー向けのマンションが何棟もあるとはいえ、近所にこんなにたくさんの子どもたちが住んでいるとは驚きです。少子化時代が嘘のようです。

一度に全員は到底聖堂に収容しきれないので、13時半と15時の二部制にしました。教会としては嬉しい悲鳴です。

 

オープニングでは、クリスマスキャロルを歌う子どもたちの声が聖堂に満ち溢れて、ようやく教会もコロナ禍を脱して賑わいが戻ってきたことに感慨深いものがあります。


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教会でのイベントなので神父のお話。残念ながら信徒の子どもは一人もいませんので、「最初のサンタ・ミラのニコラスと世界のサンタ」の話をしました。

神父のお話

音楽演奏は毎年、信徒の知り合いの演奏家に頼んで来てもらっています。

正教会典礼では楽器を使用することができませんが、これは典礼でない一般の方向けの行事ですので問題ないと考えています。

音楽演奏

最後にサンタクロースの登場。お待ちかねのプレゼントを配りました。

サンタ役はいつも、米国人信徒のアーロン兄に務めてもらっています。子どもたちが「サンタって本当にいるんだ」と驚くくらいにリアル感があります。

何といっても衣装は彼の自前です。本人の気合の入り方が、なんちゃってサンタ(?)のオジサンたちとは違います。

サンタ登場

プレゼントの物品は平之町あいご会が用意したものですが、ここは教会ですので、こちらでクリスマスカードを作成してプレゼントに添えました。

もっとも作成といっても、原稿を作って印刷業者に発注したものです。着任当時は妻が手作りでカードを作成していましたが、これだけ子どもたちが集まるようになったら手作業では到底無理なので、業者に発注しました。これも嬉しい悲鳴です。

クリスマスカード

二回目のイベントが終わって聖堂を片付けたのが16時過ぎ。この日は鹿児島では珍しく、日中でも冷蔵庫の中にいるような寒い一日でしたが、教会がこういった形で今年も地域貢献できて、晴れ晴れとしたホットな気持ちで帰路に就きました。

ウクライナのカトリック修道院から

今週の水曜日、カトリック鹿児島司教座のザビエル教会に行きました。

レデンプトール宣教修道女会のテオドラ・シャルク総長の講話「生きる希望を保つ ― ウクライナでの戦争体験」を聴講するためです。

来日してライブでお話しいただく予定でしたが、諸般の事情で来日できなくなり、ミュンヘンの自室からのオンライン講話となりました。

 

テーマはウクライナでのご自身の戦争体験と、自修道会のシスターたちの現地での避難者支援活動についてです。

テオドラ総長はウクライナ出身で、現地の修道院のシスターでしたが、昨年総長に選出され、ミュンヘンの修道会本部に移られたそうです。

よってご本人のネイティブ言語はウクライナ語ですが、講話はドイツ語と英語で行われ、鹿児島のドイツ人シスターが通訳しました。

レデンプトール宣教修道女会・テオドラ総長

正教会がメジャーなウクライナで、カトリック修道院というのは違和感があるかも知れませんが、テオドラ総長らがいた修道院はドイツ語で「グリーヒシェ・カトリッシュ」(ギリシャカトリック)、日本語訳では「ウクライナ東方典礼カトリック教会」に属します。

ウクライナ東方典礼カトリック教会とは、ウクライナポーランド領だった1596年、コンスタンチノープル総主教管轄下からローマ教皇に所属を移した教会を指します。典礼や聖堂の造りなど、見かけは正教会と全く同じですが、首座主教ローマ教皇であることから教派としてはカトリック教会となります。

もちろん、ウクライナでも宗教的には少数派で、テオドラ総長によれば、彼女の修道会もウクライナでは修道院は5つ、修道女も合計で26人だけとのことでした。

 

シスター・テオドラがいた修道院ベラルーシ国境の近くにあり、開戦直後から激しいロケット弾攻撃で街はことごとく破壊されました。

その時の自分自身の心の変化の時系列的な段階を、シスターはこう述べました。

「Denial」(拒否感)→「Rebellion and Anger」(反抗心と怒り)→「Emptiness and Depression」(虚無感と憂鬱)→「Recognition of Reality」(現実の認識)

 

これを聞いて、修道生活をしているような「人間のできた人」であっても、死の恐怖を突然突き付けられた時に感じることは皆同じだなと感じました。

ただ、「反抗心と怒り」の段階に留まっている人や「虚無感と憂鬱」の段階に留まっている人など、人によって今の心理状態は様々だが、シスターたちは現実を受け入れる心理的段階に至ったことで、人々を救うという前向きな行動ができたのだと考えます。

講話のタイトル

シスターがいた街はロシア軍の占領は免れましたが、司牧していたレデンプトール会の司祭は拉致されて、現在も生死不明とのことでした。

そのような状態で、彼女たちは家を失った市民のために物心両面の支援活動を行いました。

物資の面では、衣類を取り寄せて配布することと、支援物資の輸送業務を担ったそうです。

また、心理的サポートについては(こちらが中心のように感じました)、心理カウンセラーと連携して、いわゆるPTSDの状態になった人々を回復させるプログラムを展開したそうです。具体的には、イコンを描いたり民謡を歌うことなどを通して、その人の心の混乱を鎮めて前向きな気持ちにさせていくワークショップだそうで、対象者も被災児童、傷病軍人、戦死者遺族など様々とのことでした。

 

最後の質疑応答で司会者から指名されましたので、「支援活動において、信徒人口としてはより多数派である現地の正教会との連携をどのようにしていますか」と尋ねました。

それに対する答えは「ご存じのとおり、いまのウクライナ正教会は分裂状態にある。自分たちの教会の立場、また被災者を支援する立場としては、キエフ総主教庁派(正確には独立を宣言した新ウクライナ正教会)の教会と連携せざるを得ない。実感として、キリル・モスクワ総主教が戦争を擁護する発言を続けていることに、周囲の正教徒たちは大きな失望感を持っている。モスクワ総主教派(正確にはウクライナ自治正教会)から所属を移りたいと言っている正教徒が自分の周囲には少なからずいた」とのことでした。

それまでにこやかに話していたシスター・テオドラが、「Patriarch Kyrill」(キリル総主教)の名を口にした途端、とても不機嫌そうで怖い顔になったのを私は見逃しませんでした。話し方も一生懸命感情を押さえているような口ぶりに変わり、それこそ上記の「Anger」の段階に戻ってしまったようでした。

 

それはそうでしょう。

私はウクライナ自治正教会が教会法上正統なウクライナ正教会だと理解しています。また彼らはわが日本正教会と同じ立場であり、キエフ府主教はモスクワに対して一定の独立した権限を持っています。決してモスクワ直属の教会ではありません。わが国でもその点を誤解している人々は少なくないように思います。

しかし、たとえ教会法という「文章上の理屈」はそうだとしても、実際に戦争で家や仕事、親しい人々を奪われ、さらには自分自身まで死にそうな目に遭わされたのに、教会の最高指導者がそれを正しいことだと主張したら、人間の心の面ではそれを到底受け入れられないに決まっています。

まして、イエスが「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」(マタイ26:52)と言っているのに、それに逆行することを言うのは、キリスト教徒として自己矛盾以外の何ものでもないでしょう。

私自身は誰が何と言おうと、戦争に反対する意見を表明してきましたが、シスターの表情を見て、正教徒として申し訳ないという気持ちになってしまいました。

 

いずれにせよ、ガザでの紛争のせいで世界の関心もそちらに移ってしまった感がありますが、ウクライナの人々の苦境は少しも解決されていません。

日本にいて自分にできることは何なのか、これからも考えていきます。

鹿児島に巡回 イコンをより美しく

本日、9月24日は明治10年西南戦争終結した日です。

つまり鹿児島県人から神のように敬われている維新の元勲・西郷隆盛の命日でもあります。(墓の写真は以前撮影)

西郷隆盛の墓(鹿児島・南洲公園

それと直接関係なく、全くの偶然ですが、今日は鹿児島ハリストス正教会への巡回日でした。

 

昨日の夕方に鹿児島に着いて、聖堂内の設営。

至聖所のエアコンが壊れていて、先月は分厚い祭服で蒸し焼きになりそうになりながら祈祷しましたが、新しいエアコンの設置が今回の巡回に間に合いました。

もうすぐ10月なのに今も最高気温は連日30℃を超えているので、一安心です。

至聖所のエアコンを新品に交換

今回の聖体礼儀はイエスの母マリヤの誕生を記念する生神女誕生祭(祭日は9月21日)を繰り下げて行うことにしました。

祭日には聖堂の中央にその祭日のイコンを置くのが正教会の伝統ですので、鹿児島教会に備付けの生神女誕生祭のイコンを置きました。

19世紀のロシアで印刷されたイコンです。本格的なイコンは板に描かれていますが、これは紙製なので額縁に入っています。古くて貴重なものなのに、見かけの印象が若干チープなのが残念に思っています。

生神女誕生祭のイコン

さて、今日は鹿児島市内で絵画教室を開いているKさんから、「クロスターアルバイテン」によるイコンの額装を献納していただきました。

ロスターアルバイテン(Klosterarbeiten)とはドイツ語で、直訳すれば「修道院の仕事」という意味ですが、15世紀のヨーロッパのカトリック修道院で始まった聖画や聖器物の装飾のことです。つまりキリスト教美術のジャンルの一つです。

 

Kさんはクリスチャンではありませんが、お仕事柄イコンにも関心を持っておられ、鹿児島教会に参祷されるようになりました。

そして先月、ご自分の作品を見本として持参され、イコンを提供してくれればそれを額装して献納したいと申し出てくれました。

Kさんのクロスターアルバイテン作品

ありがたいお申し出なので、私の手持ちの紙製イコンを差し上げたところ、早速制作して今日持って来てくれました。

 

ロスターアルバイテンによるイコンの額装

イコン自体は海外の教会や修道院売店にある、一枚数十円程度のものですが、見違えるようにゴージャスで美しくなりました。

参祷者の皆さんに見てもらえるよう、聖堂入口の受付スペースの壁にかけました。

聖堂入口の脇にかけた額装イコン

今回の額装イコンは第一号ということで、Kさんは今後さらに制作して人吉など他の教会にも献納したいと言ってくださっています。重ね重ね、ありがたく思います。

 

こういうことに対して「イコンは観賞用の絵画ではない」「イコンは描かれたものに意味があるのであって額縁に値打ちはない」、さらには「洗礼も受けていない人がイコンを扱うのはおかしい」「カトリックの美術を正教会に持ってくるのは場違い」等々、ネガティブで批判的なとらえ方をする人も少なくないと思います。

もちろん、イコンは観賞用の絵画ではないし、額縁でなく描かれたものに意味があるというのは正しい考えであり、間違っていません。

しかし、神学的な理屈を超えてそこにあるイコンを大切にしよう、そのために誰が見ても美しくしようという、人間の持つ根源的な「神聖さへの畏敬の念」をまず第一に尊重できなければ、何のための宗教かと私は考えます。宗教とは学問のためにあるのではなく、人の心のためにあるのですから。

その意味で、Kさんの作品としての額装はもちろん美しいのですが、洗礼も受けていないのにイコンと出会って魅せられ、それを少しでも美しくしたいと、それもビジネスでなく善意で思うKさんの心が何より美しいと思います。

 

そのようなわけで、これからもKさんの作品を楽しみにしています。

昨日は福岡、今日は鹿児島 九州の北から南まで

本州各地では続々と梅雨明けになっていて、九州はどうなっているのかと思っていましたが、今日ついに九州南部に梅雨明け宣言が出ました。

今日は鹿児島ハリストス正教会の巡回日。

朝から大変な暑さで、南国の太陽が照りつけていました。

 

天気が良い日は、鹿児島からの帰りは市内で高速に乗らず、錦江湾沿いに海と桜島を見ながら姶良まで一般道を走ることにしています。

今日は快晴の空と青い海に桜島がくっきり見えて、快適なドライブでした。

今日の桜島の眺め

さて昨日は福岡に、新教会の建設予定地探しで日帰り出張しました。

気になっている物件が一か所あったので、不動産業者に連絡して内見もしました。

 

福岡の新教会は、今月の全国公会で教団が設立認可を発表したことは既に書きました。

現在の福岡の牧会は、私が人吉から片道2時間半かけて出張し、仮設の伝道所で祈祷しているわけですが、今回の構想は「福岡に居住可能な教会を建て、司祭が人吉から移ってそこに住み、教会活動を行って九州全体を管轄する」というものです。

よって、司祭館・信徒会館と聖堂が建てられるだけの広さの敷地がなければ意味がありません。

また更地を買ったとしても、そこに司祭が住める家を新築できるだけの献金が集まるまで待っていては、いつまで経っても福岡に住んで教会活動を始められません。

さらに、いくら安くて広い物件だとしても、交通が不便で信者さんが通って来るのが大変な場所だと、教会として本末転倒です。

そこで、入手すべき物件は「交通が便利で十分な敷地面積があり、なるべく価格が安い中古住宅」ということになります。

 

福岡は九州で一番の大都市であり、地価もそれなりに高いので、そんなに都合の良い候補地はなかなか見つかりません。

1年近く前から不動産情報をチェックし続け、今回ようやく良さそうな中古住宅を見つけたので、昨日内見したというわけです。

 

最寄駅からの徒歩時間を含めて、博多駅から30分以内で着けるアクセスの良さで、敷地も100坪近くありました。

建物はそれなりに傷みがあり、ある程度お金をかけて修繕する必要がありますが、何といっても聖堂が建てられそうな広さの庭があります。

また、LDKとは別に13畳ほどの広さの洋間があり、礼拝所として十分活用できます。少なくともその部屋だけで、今の伝道所の建物の面積より広いです。

内見した物件。聖堂が建てられそうな広さの庭

普段は私たち夫婦が住んで、月一回の聖体礼儀はその洋間で行い、会食などをするならLDKで食べれば、聖堂が建てられるのは将来の夢としても、教会としてすぐに十分機能できます。また、聖堂が建つまでは、庭は参祷者用の駐車場として使ってもらうこともできます。

 

業者に聞いたところ、一般の個人より投資目的の業者からの問い合わせの方が多いとのことでした。

要するに家を取り壊してアパートを建て、転売するということでしょう。

それだけ立地が良くて魅力のある物件ということですね。

ますます購入したくなりました。

 

そのような物件なので価格も結構なレベルです。

福岡伝道所の手元の貯金では手付金すら払えないので、教団ぐるみで資金援助してもらえなければ買うことはできません。

また、来月の信徒総会で説明して、信徒の賛同を得なければ絵に描いた餅です。

人手に渡ってしまう前に、とにかく社内営業ならぬ教会内営業を頑張らなければと思いました。

 

そのようなわけで昨日は福岡、今日は鹿児島と、九州の北から南まで走破した二日間でした。