九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。熊本県人吉市から情報発信しています。

キリスト教社会共通の人気者 聖ゲオルギオスの日

今日はユリウス暦の4月23日、聖ゲオルギオス(日本正教会の表記は聖大致命者ゲオルギイ)の祭日です。

ゲオルギオスは古来、東西キリスト教会に共通して大変人気のある聖人です。ジョージ(英語)、ジョルジュ(フランス)、ジョルジョ(イタリア)、ホルヘ(スペイン)、ゲオルク(ドイツ)、ユーリイ(ロシア)…全て聖ゲオルギオスから取った男性名です。

 

ゲオルギオスは3世紀の終わりに、カッパドキア(現在のトルコ南東部)に生まれたローマ軍の武将だったと言われています。

ローマのディオクレティアヌス帝が303年、キリスト教徒にローマの伝統宗教への改宗を強制し、拒否した者を処刑するという弾圧を行った時、キリスト教徒だったゲオルギオスは信仰を貫いて棄教を拒否し、斬首されました。そのことから正教会では、偉大な殉教者(The Great Martyr)を意味する「聖大致命者」という呼称を彼の名前に冠しています。

ちなみに権力闘争に勝利して、ディオクレティアヌスの次の皇帝に即位したのがコンスタンティヌス帝。313年にキリスト教を容認するミラノ勅令を宣言し、ローマ帝国を初めてキリスト教化した人物です。ゲオルギオスも、もう少しうまく立ち回って生き延び、コンスタンティヌス帝の家来になっていたら相当出世できたでしょう。しかし、それでは後の人々からこんなに尊敬されなかったし、聖人にもなれなかったのですが。

 

このゲオルギオスの名を高めているのは「竜退治」の伝説です。

伝説によれば、リビアのシレネという町に凶悪な竜が棲み付いており、市民は竜が悪さをしないよう、生贄として羊を与えていました。しかし羊が足りなくなり、くじ引きで選んだ人間を人身御供として与えるようになりました。

そして、ついに王女がくじに当たり、竜に差し出されることになりました。そこへやって来たゲオルギオスが竜を退治し、王女と市民を救ったというものです。

ちなみに、市民がキリスト教に改宗するのを交換条件に竜退治を引き受け、それで皆が洗礼を受けたという伝説もあります。それではあざと過ぎて、全然美談ではないと思うのですが…

この伝説はキリスト教以前の異教時代の英雄譚が、勇猛な武将だったゲオルギオスと結びついて作られたという説が有力です。いずれにせよ、この竜退治伝説が背景となって、聖ゲオルギオスのイコンは竜を倒す勇者として描かれるのが「お約束」となっています。下の写真は2018年秋にジョージアに巡礼した時、東洋人の正教会司祭を初めて見た修道女が喜んで、私に下さったイコンですが、やはり竜を退治するゲオルギオスが描かれています。

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聖大致命者ゲオルギイを描いたジョージアのイコン

 

このような背景で中世の王侯や軍隊は、ゲオルギオスを武勇の象徴として敬ってきました。

国家ではジョージアイングランドが国の守護聖人と位置付け、白地に赤十字のゲオルギオスを象徴する旗「Saint George Flag」を国旗としています。そもそも「ジョージア」という国名自体が「聖ゲオルギオスの」という意味です。

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ジョージア国旗

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聖ジョージ旗(イングランド国旗)

ちなみに今日の英国(United Kingdom)国旗のユニオンジャックは、このイングランドの聖ジョージ旗、スコットランドの聖アンドリュー旗(青地に白の✖字)、アイルランドの聖パトリック旗(白地に赤の✖字)の三つの王国旗を合わせたものです。

 

ロシア(正確にはキエフ=ルーシ大公国)は988年にキリスト教を受け入れましたが、聖ゲオルギオスの伝説も共に伝えられ、やはり武勇の聖人ということで崇敬されてきました。帝政ロシアとモスクワ市はゲオルギオスを守護聖人とし、それぞれのシンボルマークにゲオルギオスの竜退治の絵を描いています。

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ロシア国章(上)とモスクワ市章(下)

ちなみに帝政ロシア時代の軍人の最高勲章は「聖ゲオルギイ勲章」です。

 

さて、彼は王や軍隊だけでなく、民衆にも「農業」の守護聖人として敬われていました。そもそもゲオルギオスという名はギリシャ語で「大地の人」、すなわち農夫を意味するからです。

祭日が4月23日ということもあり、ヨーロッパにおいて「ゲオルギオスの日」は、その年の農耕の「仕事始めの日」と位置付けられてきました。

 

このように、正教会カトリックプロテスタントを問わず、また王や軍人と庶民とを問わず、伝説を伴って広くキリスト教社会で愛されてきた聖ゲオルギオス。ヨーロッパの民俗文化を知る上でのキーマンとなって今日に至っています。