先週末は鹿児島ハリストス正教会に巡回し、聖五旬祭(Pentecost)の祈祷を執り行いました。
聖五旬祭とは復活祭から50日目の祭日で、正教会では「至聖三者」(Holy Trinity. 一般的には三位一体という)と「聖霊降臨」(使徒言行録2章)を記念します。
復活祭の曜日は必ず日曜日と決まっていますので、聖五旬祭も日曜日となります。

典礼としては聖体礼儀の後、夕刻から主日晩課という祈祷を執り行います。
もっとも海外も含めて、ほとんどの教会では聖体礼儀に引き続いて執り行っていると思いますし、私もそうしています。
この晩課の中では、司祭がひざまずいたまま、聖霊降臨を記憶する長い祈祷文を読み上げるという特徴があります。日本正教会では「膝屈祈祷」(しっくつきとう)という呼び名を充てています。

聖体礼儀から晩課まで通しで行うと2時間以上かかり、うち司祭がひざまずいて朗読する時間がトータルで正味10分間くらいあるので、高齢の司祭には結構ハードな祈祷ではないかと思います。
鹿児島の信徒は「こういう祈祷は初めて見た」というのですが、確かに年に一回しかない祭日が鹿児島への巡回日に必ず当たるとは限りません。
調べて見たら聖五旬祭は昨年は福岡、一昨年は熊本、その前の2021年は人吉の巡回日でしたので、鹿児島の人々が聖五旬祭の祈祷を見たことがないというのもあながち間違っていないかもと思いました。
さて聖書の記述によれば、イエスの死と復活に接したにもかかわらず、人々の前で沈黙し続けていた弟子(使徒)たちが、聖霊降臨によって初めて「皆が十字架につけて殺してしまったイエスこそがキリスト(救世主)だった」「そのイエスは死から復活した。自分たちは(目撃者という意味で)その証人である」と宣言し、それを信じた3000人もの人々が洗礼を受けた、とあります。
イエスがキリストであり、死から復活した方と信じて洗礼を受けた人々を「キリスト者」(クリスチャン)、そのキリスト者の集団を「教会」と定義するならば、聖霊降臨はまさに「教会の誕生」をもたらした出来事といえます。
さらに正教会が重視しているのは、聖霊降臨の時、使徒たちが「ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒2:4)という記述です。私たちはこれを、「キリストの福音は世界の全ての人々に示されている証し」だと理解しています。
キリスト教会は古代から「典礼も聖書も、その民族の言語に翻訳して宣教する」というスタイルを取り続けてきました。
もし典礼語をラテン語とかギリシャ語とか、何か特定の言語に限定して他の言語を認めないとしたら、キリスト教の教えもその言語を理解する特定の民族に限定されてしまい、そうでない人々には伝わらないことになってしまうからです。
この考えの根底には、上記の聖霊降臨についての聖書の記述があります。
つまり、信仰の一致とは言語やその他の外形を単一化させることではなく、言語をはじめとする異文化の存在とその多様性を尊重した上で、信じる教えの内容の同一性で一致させることだと、少なくとも正教会では考えています。
ちなみに、わが日本正教会の創立者のニコライ大主教は帝政ロシア出身者であり、母語もロシア語でした。
その彼が日本に来た意図が、もし「ロシア正教会日本支部」を造ることだったら、ロシア正教会の公式典礼語である教会スラブ語の典礼と聖書しか用いなかったはずです。
しかし、ニコライはそうではなく、自らが日本語を学び、日本語で日本人に教えを伝え、聖書も日本語に翻訳しました。その結果、ロシア正教会日本支部ではなく、日本人のキリスト者集団、すなわち「日本正教会」が成立したのです。
もちろん、日本正教会は日本人の教会だからといって、「外国人お断り」ということにもなりません。それは上記の「信仰の一致」に反するからです。
実際にいま、わが国にもさまざまな国から来て、さまざまな言語を母語とする正教徒がたくさん住んでいます。九州のような田舎も例外ではありません。
わが九州の正教会も、いろいろな国の出身者が集って交流できる場になっていければ良いと思って、今後も活動していきます。