一昨日は復活祭から50日目の祭日の聖五旬祭でした。
教派によって聖霊降臨祭とか、ペンテコステなど呼び方は異なりますが、復活祭から50日目の祭日としてキリスト教各派で共通して記念する祭日です。
しかも今年の復活祭は東西教会共通で4月20日でしたので、聖五旬祭もまた教派を問わず同じ日だったわけです。
ちなみに復活祭は必ず日曜日と決まっていますので、聖五旬祭も必ず7週間後の日曜日となります。
今年の聖五旬祭は熊本ハリストス正教会に巡回して、聖体礼儀と主日晩課を執り行いました。
この聖五旬祭の主日晩課は聖体礼儀に引き続いて行われますが、聖霊降臨を記憶するかなり長い祈祷文を、司祷者が跪いたまま読み上げるという特徴があります。

この聖五旬祭で記憶されるのは前述のとおり聖霊降臨ですので、聖体礼儀での聖書朗読も使徒言行録の2章から、聖霊降臨が起きた時の様子についての記事が読まれます。これはおそらく、正教会だけでなくどの教派でも共通だと思います。
この記事の中で最も重要な記述は「(使徒たち)一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒2:4)という箇所です。
これは聖霊の力を受けた使徒たちによって、主の福音がいろいろな国々、いろいろな民族に宣べ伝えられたことを示すものです。

上に載せた聖霊降臨を描いた典型的な構図のイコンを見ると、並んで座っている使徒たちがてんでんバラバラの方向を向いています。これは彼ら一人ひとりがそれぞれ異なる言語で話していることをビジュアルに表現したものです。
つまり、主の福音が広く宣べ伝えられたことが重要なのは当然として、それが「いろいろな言語で」伝わったことがポイントだと私たち正教会では考えています。
イエス自身も(あくまでも地上における人間としてという意味ですが)、彼の弟子たちも皆、パレスチナ地方出身のユダヤ人です。つまり彼らの共通の言語は、当時の口語のアラム語、あるいはオフィシャルな言語のヘブライ語だったはずです。
しかし、いくらイエスが語り、使徒たちが伝えた教えが「神のみことば」だとしても、ヘブライ語でしか宣べられなかったとしたら、ヘブライ語を理解できない人々は受け取ることができません。
また、パレスチナ地方を含む東地中海地域共通で通用した言語はギリシャ語であり、実際聖書もギリシャ語で記されているのですが、やはりギリシャ語を知らなければ理解できないのは同じです。
聖書に「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである」(ヨハネ3:17)とあるように、神の意思は全ての人類の救いであるというのがキリスト教の考えですが、「イエスはアラム語で話したのだから教えを知りたければ自分がアラム語を学んで来い」「聖書はギリシャ語で書かれているのだから、ギリシャ語ができない人はお断り」というように、言語の違いによって排除される人がいたら矛盾してしまいます。
そこでキリスト教会はまさに古代教会時代から、祈りも教えもその地域の言語に訳して宣教することが当たり前に行われてきました。
これは聖霊降臨で示された「使徒たちがほかの国々の言葉で話しだした」ことを継承するものであり、正教会では現代に至るまでその考えを守っているのです。
さらに付け加えるならば、これは言語だけの問題ではありません。
世界には言語だけでなく、文化も習慣も、さらには「一般常識」と呼ばれるその社会の価値観においても極めて多様性があります。
当然、自分が正しいこと、常識だと思っていることとは「異なるもの」もたくさんあるはずです。
その「自分とは異なる価値観」を頭から否定し、排除していったら誰からも受け入れられなくなります。なぜなら、あなたが正しくて常識だと思っていることでも、相手はそう思っていない可能性があるからです。
これが個人レベルの話なら喧嘩や仲違いで終わるでしょうが、国家レベル、民族レベルの対立なら最悪の場合、戦争に繋がりかねません。
そこで、正教会の歴史においても、言葉だけでなくその地域の文化や習慣を尊重し、多様な価値観に対して寛容に宣教が行われてきたのです。
西洋から未開の島国と思われていた19世紀の日本で宣教するにあたり、自分の母語のロシア語で語るのではなく、自らが日本社会で生活して日本語を学び、その日本語で祈りと教えを説いた亜使徒聖ニコライは、まさにその見本だったと考えます。
実は、この辺りの話を先週の木曜日、6月5日に西南学院高校のチャペルアワーで話してきました。
次の日曜日が聖五旬祭、彼らのいうペンテコステにあたるので、それにちなんで正教会の「翻訳をともなう」宣教の歴史の話から、「自分とは異なる価値観」の存在を理解し受け入れられる寛容さ、そして全ての人々と共通しうる「心の面での一致」について述べました。


西南学院は福岡のみならず、九州を代表するミッションスクールですが、母体となっているのは日本バプテスト連盟、つまりバプテスト教会です。
プロテスタントの中でもバプテスト教会は、正教会と神学の違いがかなりあると認識しています。よって教会の諸習慣ひとつ取っても違います。
礼拝堂での講話ですから、こちらはちゃんとリヤサ(カソック)を着て首に十字架を下げて行きましたが、バプテスト教会の牧師でもある教員の皆さんはスーツ姿でした。生徒たちには私の恰好が相当珍しく見えたようです。
それはともかくとして、キリスト教にはプロテスタント、カトリック、正教会の三つのグループがあり、それぞれが異なる歴史、異なる価値観を持ちながら、キリストが示した福音を追求していることを分かってもらえたら嬉しく思います。
私の話は正味20分ほどながら、一時限目のせいか、居眠りしている子たちが半分以上でしたが…
ともあれ、今後も他者への寛容さをもって、自分の教会運営にあたっていきたいと思います。