今年の大斎初週、つまり大斎が始まって第一週目が終わろうとしています。
福岡で初めての大斎初週祈祷でしたが、滞りなく執り行うことができて安心しています。
3月5日(水)と7日(金)は、大斎期間の水曜日と金曜日だけの特別な祈祷「先備聖体礼儀」を、やはり福岡で初めて執り行いました。
そもそも聖体礼儀(カトリック教会のミサに相当)とは、「キリストを生贄に捧げ、その生贄の肉と血を皆で分け合って食べるための礼拝」です。
より具体的には、2000年前に私たち全人類の罪の赦しを天の父に願うため、自らを生贄として捧げた(つまり十字架上で死んだ)キリストを、今日もパンと葡萄酒を通して生贄として捧げ、そのパンと葡萄酒が変化したところのキリストの体と血をいただいて食べる、ということです。
これはいわゆる最後の晩餐(正教会用語では「機密の晩餐」)で、キリスト自身が弟子たちにパンと葡萄酒を与えて言った言葉「取って食べなさい。これはわたしの体である。(中略)皆、この杯から飲みなさい。これは罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」(マタイ26:26-28)を根拠としています。
そして聖体礼儀の中で、この捧げられたパンと葡萄酒が聖体、つまりキリストの体と血に変化することを「聖変化」と呼んでいます。
しかし大斎期間中の平日は、典礼で「聖変化」を行うことは教会法上できません。
そこで、いわゆる「普通の」聖体礼儀に代えて、直近の主日聖体礼儀で聖変化された聖体を「先備聖体」と称して保管しておき、その週の水曜日と金曜日に食べるための特別な典礼が制定されました。これが「先備聖体礼儀」です。


先備聖体は尊体(パン)に尊血(葡萄酒)を染み込ませた状態で、特別な箱に入れて宝座(祭壇)の上に安置しています。たぶん一般の信徒は滅多に見ることがないと思います。


また、大斎第一金曜日(今年は3月7日)は、先備聖体礼儀の最後に糖飯を成聖(祝福)することになっていますので、今回も妻が作った糖飯を成聖しました。


正教会で糖飯はパニヒダ、つまり永眠者の記憶の祈りでお馴染みですが、本来の起源は大斎の食べ物です。
その由来については過去ログに書いています。
今回、福岡での大斎初週祈祷を振り返って一番嬉しかったのは、一人か二人ずつとはいえ、「教会にいつも参祷者が来た」ことです。
昨年まで5年間、人吉で大斎初週と受難週間(復活祭の前の一週間)に祈祷を行ってきましたが、私たち夫婦以外に誰も教会に来ませんでした。
もちろん、祈りも信仰それ自体も、その人自身の意思の問題であって他者から強制されるものではないと我々は考えていますので、本人が「教会に行かれない、または行きたくない」なら、それまでの話です。
しかし自分が教会で祈祷を執り行っているのは、給料のためでも個人的な趣味でもなく、「信仰を同じくする皆で一緒に祈りましょう」ということで行っているのですから、その呼びかけに誰一人応えてもらえなかったというのは、正直なところ寂しいものがありました。
今回は、他県から福岡に泊りがけで連日参祷した人までいて、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)というイエスの言葉が、ようやく実現したような気持ちになりました。
復活祭まであと6週間、大斎の道を前向きに歩んでいきたいと思います。