九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。2019年から九州全域を担当しています。

SL人吉の誕生100年 市民の思い

私は大学生時代、ローカル鉄道に乗るのが好きで、頻繁に旅に出ていました。いわゆる「乗り鉄」です。

九州を一周した時は、廃線予定の路線優先で回りました。熊本県から鹿児島県に移動するときは、1984年の廃線が決まった鹿児島交通枕崎線(薩摩半島西岸の伊集院-枕崎間)に乗るために海沿いのルートを通ったので、八代から人吉に向かう肥薩線には乗らずじまいでした。

結局、大学時代にほぼ日本全国を回った私でしたが、人吉の地を初めて踏んだのは、2019年に図らずも人吉に転勤になった時です。

 

人吉に来て鉄道を調べてみると、熊本-人吉間に「SL人吉」が臨時列車として運行されていることがわかりました。

この機関車は8620形式(通称ハチロク)、車両番号58654番で、1922年に製造されたわが国最古の現役SL車両です。

それで人吉に来て半年後の2020年3月、人吉から熊本までSL人吉に乗車してみました。

車窓から見える古びた駅舎や球磨川の穏やかな流れには心癒されるものがありました。

SL人吉の車窓からの眺め(2020年3月)

写真には撮りませんでしたが、SLの発着の時は人吉駅に昔ながらの駅弁売りや、観光協会の歓迎・見送りの横断幕などが出ていて、ひなびた田舎町である人吉でSLは地域アイドルのような趣きがありました。

 

その翌月のある日、たまたま司祭館の近所の踏切を渡ろうとしたら閉まってしまいました。肥薩線は1時間に1本程度しか列車が通らないので、運が悪いなと思って列車が来る方を見ていたら何とSL人吉でした。あわててスマホを取り出して撮影しましたが、踏切待ちでSLに遭遇するとは、運が悪いどころかむしろラッキーでした。

肥薩線の踏切を通過するSL人吉(2020年4月)

この直後の4月24日から、コロナの感染拡大のため、外出自粛の一環としてJR九州の全ての観光列車が運休となり、SL人吉の運行も停止されてしまいました。

運休措置は6月に解除されましたが、喜んだのも束の間、7月4日に人吉は未曽有の大水害に襲われました。肥薩線も線路や駅舎、鉄橋の多くが流失し、全面運休になってしまいました。

上の写真の光景も、同じものをもう二度と見ることはできません。

 

甚大な被害を受けた肥薩線の復旧は、新規に鉄道路線を開通させるのと実質的に同じことであり、見通しは全く立っていません。人吉市としては陸の孤島状態の解消のため、肥薩線の復旧は悲願であり、それが叶った暁には、肥薩線のシンボルであるSLの人吉駅乗り入れが再開されることも心待ちにしていました。

 

しかし先月、10月24日にJR九州からショッキングな発表がありました。2024年3月末でSL人吉を廃止するというものです。

車両の老朽化でメンテナンス困難というのが理由です。

 

しかし、その見返りでしょうか。SL人吉が製造されて100周年となる11月18日に、「百歳号」と称して熊本-八代間を特別運行させることも発表されました。

自分としてはこれがSL人吉の見納めになるかも知れないと思い、指定券発売日の10月26日は、朝からパソコンでJR九州の予約サイトを開いてスタンバイしました。

発売開始の10時になると同時に予約申し込み。八代発・熊本行きの指定席をゲット。発売開始から1分ほどで満席になりました。

 

運行当日の昨日、車で八代駅へ。

熊本から来るSLの到着時刻は11時16分ですが、ホームに向かって走って来る姿を写真に収めたいと思い、指定券を持っているにもかかわらず、10時過ぎからホーム上で待機しました。

 

11時からはホーム上で、SL人吉の車両製造100周年の記念式典が始まりました。JR九州の社長や人吉市長、また人吉の観光関係者たちが来賓として集まっていて、八代なのにまるで人吉市のイベントのようです。

 

11時16分、待ちに待ったSLが到着しました。

SL人吉「百歳号」、八代駅に到着

八代市熊本県で、県庁所在地の熊本市に次いで二番目に大きい市ですが、駅はオンボロです。しかし、その田舎駅にバズーカ砲のような望遠レンズのついたカメラを持った「撮り鉄」の人々が大勢押しかけていて、ちょっと異様な光景でした。

しかし何よりも、SL人吉の晴れ姿に接した、人吉の観光関係者の方たちが一番喜んで、というか興奮していたように思いました。

 

レトロな仕様の客車内

12時10分、熊本駅に向けて発車。

かつての人吉駅での光景と同じく、人吉温泉旅館おかみさん会の方たちが見送りの横断幕を掲げていました。

人吉温泉旅館おかみさん会の見送り

走行中に車内で配られた製造100年記念のお菓子

13時4分、定刻に熊本駅に到着。

熊本駅に到着したSL人吉「百歳号」

わざわざ熊本まで来て、仕事をせずにそのまま帰るのは意味がないので、熊本ハリストス正教会まで行って、来月の巡回のために会堂の掃除や設営をしてきました。

熊本駅は教会のある市街中心部からは少し外れにあるので、教会までは市電で行きました。人吉から九州各地に出張の時は常に車なので、熊本市電に乗るのは初めてです。

距離は大して遠くないのですが、市電はスピードが出ないからか、30分近くかかりました。SLから路面電車に乗り換えるとは、何ともレトロですが、目的地までゆったりと時間をかけて行くのがかえって心地よく思いました。

熊本市電

帰りはもちろんSLのはずはなく、帰宅する高校生たちで満員の普通電車で八代まで戻りました。鈍行の電車なのに、ノンストップで走行したSLの半分の所要時間で着きました。

こんなところでも、文明は人々の生活を便利にするものだと思わされた一方、かつての人吉駅、この日の八代駅で見られたような旅情は無くなっていくのでしょう。

SLが肥薩線の復旧を見届けることなく、人吉市民の前から消えてしまうのは残念ですが、人吉の田舎の風情はそこに住む私たちとともに、いつまでも残ってほしいと願っています。