九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。2019年から九州全域を担当しています。

大斎のスタートは「赦し合い」から

今日は人吉ハリストス正教会で聖体礼儀を行いました。

大斎前の最終日であり、酪農製品を食べ尽くす日曜日という意味で「乾酪の主日」(Cheese Fare Sunday)、また夕刻の赦罪の晩課で参祷者全員が自らの過ちを互いに赦し合うことから「赦罪の主日」(Sunday of Forgiveness)と呼ばれます。


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人吉教会では赦罪の晩課に代えて、聖体礼儀の終了時に上記の「互いの赦し合い」を行いました。

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全員が互いに赦し合って大斎が始まる

カトリック聖公会など、西方教会では四旬節、つまり復活祭前の斎期の初日を「灰の水曜日」といい、灰を額に塗ることが行われます。これは沈痛な「悔い改め」のしるしという理解です。

一方、正教会では灰を塗る行為はしません。本日読まれる福音書にも「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない」(マタイ6:16)と書いてある通りです。

それよりも、大斎を迎えるにあたって各自が悔い改めると共に、教会の兄弟姉妹が互いに赦し合い、心の中からこれまでの遺恨やわだかまりを一掃して、共に主の道を歩みましょう、という要素が強調されます。これも本日読まれた福音書の教え「もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたの過ちをお赦しになる」(マタイ6:14)を反映したものです。

つまり、大斎を規則に縛られる憂鬱な期間ではなく、復活の喜ばしい日を待ち望む期間として、前向きにとらえるという考えです。

動画にも最後の赦し合いの場面が10秒ほど映っていますが、和気あいあいです。

 

聖体礼儀に引き続き、1月末に97歳で大往生されたOさんの40日祭パニヒダを執り行いました。

信徒の永眠40日目を大きな記念日とするのは、初代教会以来のキリスト教の伝統です。由来はキリストの昇天、つまりキリストが復活して40日目に天に昇ったことにあります。

 

昼食後、納骨のため相良村にあるO家の墓に向かいました。

O家は壇ノ浦の合戦で落ち延びた平清経(清盛の孫)の末裔で、熊本県最奥部の五家荘の豪農となった一族です。

私は着任直後の2019年11月に五家荘まで紅葉を見に行き、文化財になっているO家の屋敷も見学しましたが、まさかそれが人吉教会の信徒の先祖だとは全く知りませんでした。

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旧O家住宅(八代市五家荘地区)

その一族のうち、江戸時代に相良村に移ってきて代々医師を務めたのが、わが教会の信徒のO家というわけです。

 

「お墓は家の裏山にあります」と聞いていたので、せいぜい数十メートルくらいの距離かと思ったら、ちょっとしたハイキングコースのような山道を延々と上がるので驚きました。今日は晴天だから良かったのですが、雨だったら革靴では到底歩けないような道です。

半世紀ほど前まで土葬だった地域であり、昔の人はこんな急な山道をよく棺を担いで登れたものだと感心します。

頂上の墓地に着くと、江戸時代からある苔むしたO一族の墓石がたくさん建っていて、圧倒されました。

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江戸時代から続くO一族の墓石群

ずっと首都圏で生活していた私には、墓はお寺か霊園にあるのがいわば常識だったので、こんなクラシックなシチュエーションには遭遇していません。

九州に来て3年目になりましたが、今でも初体験なことが多くあって良い意味で退屈しません。

 

納骨を終えて教会に戻り、妻と内装のカバーを金色から黒にチェンジしました。

大斎期はカレンダーの上だけではなく、目に見える形で意識させるという正教会の伝統的な考えに基づくものです。

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聖堂内の装飾を黒色にチェンジ

明日からの一週間、毎朝晩に「大斎初週祈祷」を執り行います。

今は否応もなく戦争を意識させられており、上記の「悔い改めと赦し合い」の心が平和への道だと確信するのですが、肝心の戦争遂行者には悔い改めるつもりが全く感じられなくて至極残念です。

もっとも、それに対して裁きを下すのは神ですから、私はこの大斎期に自分のなすべきこと、つまり平和への祈りと苦しんでいる人のケアに一層取り組んでいきたいと考えています。