九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。熊本県人吉市から情報発信しています。

ウクライナと全世界の戦禍に苦しむ人のための祈り 毎週続けます

ウクライナへのロシア軍の侵攻が始まって2週目に入りました。

先週末の鹿児島巡回では、戦争で理不尽に生命を奪われたウクライナ市民のために永眠者祈祷(死者の連祷)を献じました。

しかし、戦闘は拡大の一途であり、国外に逃れた人々が既に100万人を超えました。つまり、亡くなった人はもちろんお気の毒ですが、戦禍の中で苦しみながら不安な日々を送っている人々が、とてつもない規模でいることが明らかになりました。

 

そこで祭日の前晩祷で献じられるリティヤという祈祷が全世界の平和と、疫病、天災、戦争で苦しむ人々を神が助け守るよう願う内容であることから、祭日でなくても献じることにしました。

ウクライナだけでなく、世界中で発生している戦争が終結して平和が訪れ、いま戦禍で苦しんでいる人々を神が護ってくれるよう願うものです。

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ウクライナと全世界の戦禍に苦しむ人々のためのリティヤ


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私が管轄している人吉ハリストス正教会は「生神女庇護聖堂」、つまり生神女庇護の奇蹟を記念した聖堂です。

生神女庇護の奇蹟とは10世紀、コンスタンチノープルアッバース朝イスラム帝国軍の攻撃を受け、存亡の危機に瀕した時、生神女(イエスの母)マリヤが現れて祈る人々を肩衣で覆ったという出来事です。ビザンチン軍はこの奇蹟に勇気づけられて、イスラム軍を撃退し、平和を回復しました。

教会がこの奇蹟を記念するのは、侵略者との戦争の勝利を祝うためではありません。そもそもキリスト教に「軍神」などいません。

生神女庇護の奇蹟は、神を信じ、心から平和を祈る者には生神女やその他の聖人も寄り添い、共に祈ってくれる。そして神にその願いを取り次いでくれることの証しだという理解です。

つまり諸聖人も、そして神ご自身も、軍隊の戦勝のために働くのではなく、苦しむ人に寄り添い、守るためにいて下さる方だということです。10世紀のビザンチン軍も、そのことが分かって精神的な力を得た結果、戦争の勝利にも繋がったのです。

そこで今日も、生神女庇護祭(10月14日)でないにも関わらず、いま戦禍で苦しむ人々のために生神女庇護祭の前晩祷のリティヤを行ったわけです。

 

そしてリティヤの中で記憶した聖人は「亜使徒キエフの大公ウラジーミル」です。

ウラジーミルはリューリク朝キエフ=ルーシの君主であり、988年に東方正教キリスト教を初めて国教とした人物です。

ルーシとは今日のロシア、ウクライナベラルーシを包含する地域であり、ウラジーミルによってルーシの民は初めてキリスト教徒になったのです。

13世紀のモンゴルの侵攻によってリューリク朝はキエフから北方に逃れました。そして有名な英雄、ノブゴロド公アレクサンドル・ネフスキーの息子のモスクワ公ダニイルがリューリク宗家を継ぎ、以後ルーシの中心地はモスクワとなりました。このモスクワ=ルーシが後に東方に拡大し、ロシア帝国となります。

また、このためにルーシの正教会の首座所在地もキエフからモスクワに移転し、今日の「モスクワ総主教庁」に至っているわけです。

 

ソ連崩壊後、旧ルーシはソ連時代の社会主義共和国の区分をそのまま受け継ぎ、ロシア、ウクライナベラルーシの三つの独立国となりました。主権国家ですから、もちろん各国の独立は保障されなければなりません。

しかし上記のように、ロシア、ウクライナベラルーシの人々は共通の歴史、文化、信仰を共有してきたのですから、互いに仲良く、平和に交流し合って当然な人たちのはずです。

それが偏狭な民族主義や誇大妄想的な国家拡大主義によって分断され、お互いが憎み合わなくてはならなくなってしまった矛盾に、今回の不幸の根源があると考えます。

一昨日のヘイトクライムへの抗議の投稿でも述べましたが、わが国での「極端にウクライナを持ち上げ、極端にロシアを叩く」という風潮は、ロシア出身者とウクライナ出身者の市民レベルでの「お互いに仲良くしたい」という気持ちを損ね、むしろ分断に導いてはいないでしょうか。

つまり平和の実現のために必要なのは「悪者探し」ではなく、「和解への手助け」ではないか、そしてその前提として必要なのはロシアやウクライナの歴史や文化への理解ではないかと考えます。

 

戦争を止めさせる方策は世界の政治家が考えることであり、教会が関わることではありません。私はロシア人ともウクライナ人とも信仰を同じくする者として、その同じ信仰の基を造った聖ウラジーミル大公に執り成しを願うばかりです。

 

ウクライナでの戦争が終結する日まで、私は毎週巡回先でこの祈りを続けます。

生神女マリヤと聖ウラジーミル大公の執り成しで、戦禍に苦しむ人々が護られ、救われますように。そして世界の人々に分断ではなく、相互理解と友情がもたらされますように。