九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。熊本県人吉市から情報発信しています。

神現祭(Epiphany)~民間伝承との関わり合い

1月19日(ユリウス暦の1月6日)は、正教会の大祭の一つである神現祭(Epiphany)です。

これは、キリストがヨルダン川で洗礼者ヨハネ日本正教会表記では前駆授洗イオアン)から洗礼を受けたことを記念するものです。

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イコン「主の洗礼」山下りん

高崎ハリストス正教会所蔵・筆者撮影

 

神現祭は初代教会時代からある古い祭で、本来の祭の趣旨としては「この世を創った三位一体の神の子が、人間となってこの世に来て下さった」ことを記憶するものです。現在はそのことは降誕祭で記憶されますが、降誕祭はキリスト教ローマ帝国で公認された4世紀に始まった新しい祭であり、それまでは神現祭が事実上のクリスマスだったわけです。

 

さて神現祭では大聖水式という典礼が行われます。これは用意された水を聖水にする祈りです。聖水は教会に保管しておき、何かを成聖(祝福)する時に使用するほか、希望者にも提供しています。

 

frgregory.hatenablog.com

 

この大聖水式は川原や湖畔、海岸などの屋外の水辺で行われることを前提にしています。もちろん、全ての教会が屋外でできる環境とは限りませんし、私自身は前任地でも人吉でも聖堂内でやったことしかありませんが。

面白いのは、正教文化圏ではこの屋外での大聖水式に付随して、民間の伝統行事が行われていて、ともすれば社会では宗教の祈りより、そちらの方がメインイベントのようになっていることです。

 

バルカン半島の諸国では「寒中水泳」が行われます。

具体的には、大聖水式で水を祝福する時に用いた十字架を、司祭が水中に投げ込みます。それを競争して泳いで取りに行き、最初に拾い上げた者に今年一年の福が来る、というものです。

添付した記事はセルビアのものですが、ギリシャルーマニアなどでも全く同じイベントがあります。もっともバルカン半島では、セルビア以外の諸国の正教会グレゴリオ暦を採用しているので、神現祭も1月6日となります。

 

ロシア圏では寒すぎて泳げる環境にないためか、凍結した池や川の氷に穴を開けて、水に浸かることが行われます。キリストの洗礼にあやかるもので、この行為もクレシェーニエ(ロシア語で洗礼の意味)と呼ばれ、さらには神現祭そのものも正式名称のボゴヤヴレーニエ(神の出現の意味)に替えて、一般にクレシェーニエと呼ばれたりしています。

さらにこのクレシェーニエも、過ぎた1年の罪を祓い清め、今年の無病息災を願うという意味付けがされています。もちろん、キリスト教に入信する時の本来の洗礼とは異なる、民間伝承です。

参考までに昨夜、ウラジオストクで行われたクレシェーニエの記事を貼付します。

 

このようなキリスト教の教えや典礼とは直接関係ない民間伝承を、教会はどう扱っているでしょうか。

反教会的だとか異教的だとか、目くじらを立てて断罪するのではなく、人々が楽しんでいるならそれで良いではないか、教会は教会で教えと祈りをしっかりと守るのだから、というスタンスです。

しかし、さすがに今のコロナ禍にあって、ロシア正教会渉外局長(総主教の首席補佐官的な立場)のイラリオン府主教が「今年はクレシェーニエはお勧めできない。多くの人々が体が弱っている状況で氷の穴に入るべきではない」とコメントを出しています。

これも異教的だから禁じるではなく、「いくら伝統行事だからといって、今の社会情勢を考えたら、止めておいた方が自分のためですよ」という理性的な提言となっています。

 

正教会は一見、形式主義的・教条主義的で融通の効かない組織のように誤解されがちなのですが、このように聖俗の区別をしっかりつけた上で、社会で生きている人間に寄り添う集団なのです。

一言でいえば、「教えはブレないが人に優しい宗教」です。

そのことが、私自身が正教会に入り、さらにその教えを宣べ伝えたいと思った最大の動機となっています。