九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。2019年から九州全域を担当しています。

聖霊降臨から続く伝統

昨日、5月31日は復活祭から50日目の祭日「聖五旬祭」(Pentecost)でした。

今年の正教会の復活祭は西方教会(カトリックとプロテスタント)より1週間遅れでしたので、聖五旬祭も1週間遅れということになります。

また、キリスト教の復活祭は必ず日曜日と決まっていますので、聖五旬祭の曜日も必ず日曜日となります。

 

聖五旬祭では聖霊降臨(使徒2:1-11)という出来事を記念します。

正教会の祈祷では聖五旬祭の午前中の聖体礼儀とは別に、聖霊降臨を記念する主日晩課という祈祷を午後に行います。

もっとも聖体礼儀が終わった後で、信徒に改めて教会に来てもらうのは現実的ではないので、日本正教会では聖体礼儀に続けて主日晩課を行っているのが通常です。私も自分の管轄教会ではそのようにしています。

今年の聖五旬祭の主日晩課(福岡ハリストス正教会にて)

この祈祷は30分くらいかかりますが、司祭がひざまずいた状態で長い祈祷文を朗読するという特徴があります。

高齢の神父や太めの神父、腰や膝の悪い神父にはかなり厳しい典礼だなあと、いつも思っています。おかげ様で私自身は今のところ支障なくできていますが。

 

さて聖書に記された聖霊降臨とその後の出来事で、正教会として特筆すべき事柄が二つあります。

 

一つ目は使徒たちに聖霊が降った時、「一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒2:4)という記述です。

これはイエスの死と復活によって、私たち人間も死から解放されて永遠の生命を得られるという良い知らせ、すなわち「福音」は世界の全ての人々に向けられているということの証しです。

もし教会が福音を、例えばラテン語とかヘブライ語とか、何か特定の言語だけでしか語ることを許さないとしたら、救いも特定の民族しか対象としていないことになってしまいます。それは聖書に記された「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)という御旨に矛盾します。

よって「ほかの国々の言葉」との聖書の記述を守るには、聖書も祈りも、その民族の言語に翻訳し、彼らが理解できるように宣教するのが正しいといえます。

正教会はまさに初代教会時代から今日に至るまで、「翻訳による宣教」を伝統として受け継いできました。

 

日本正教会はロシア人であるニコライ大主教が創立しましたが、聖書も典礼もロシア語ではなく、すべてギリシャ語の原典から翻訳された日本語です。

そのロシア正教会で用いられている教会スラブ語典礼は、9世紀にギリシャ人のキュリロスとメトディオス兄弟がギリシャ語から翻訳したものです。

またローマ・カトリック教会はかつて、聖書も典礼もラテン語のみしか認めていませんでしたが、それはカトリック教会がオリジナルで制作したものではなく、やはりギリシャ語の原典から翻訳したものです。(そもそも「オリジナルの聖書を制作」してしまったら新興宗教になってしまいます)

 

さて、話を聖書の記事に戻すと、聖霊降臨が起きて集まって来た群衆を前に、ペトロが話を始めます。

かなり長い記述なのですが、要約すると以下のようになります。

皆が十字架につけて殺してしまったイエスは、真のキリスト(救世主)だった。そのイエスは死から復活した。弟子である自分たちはその証人である(実際に復活したイエスに会っているという意味)。かつてイエスは聖霊を送ると約束しており、今皆が見ている不思議な現象はそれが実現したものである。

 

そしてペトロが信じる者は洗礼を受けるよう呼びかけると、その日だけで3千人が洗礼を受けた、と聖書は記しています(使徒2:41)。

この記述に基づいて、キリスト教では聖霊降臨を「教会を誕生させた出来事」と理解しています。

つまり聖霊降臨以前は、イエスがキリストであり、復活は事実であるという信仰は弟子たちの間だけ、つまりプライベートなレベルに留まっていましたが、聖霊降臨を経て、福音を聞いて信じる多くの人々が集まって共有するものに進化した、ということです。その人々が集まって信仰を共有する場が「教会」です。

 

さて、特筆すべき二つ目として、聖書には新たに生まれた教会で何が行われていたのかが記されています。

「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」(使徒2:42)

これは正教会で行われている「聖体礼儀」そのものです。

つまり信者が教会に集まって、聖書に記された教えを聞き、祈りをし、パン(と葡萄酒)を捧げ、それをいただく…これが初めて誕生した教会で行われていたことであり、正教会は伝統として今もそれを守り続けているのです。

 

ちなみに日本語で「相互の交わり」と訳されている上記の単語は、聖書のギリシャ語原典では「キノニア」と書かれています。

これは今日のキリスト教用語では「領聖」(communion)、つまりパンと葡萄酒から変化したキリストの体と血をいただくという意味です。つまりキリストを仲介者として、信者たちが同じキリストの体を食べることで一つになれる、と理解しているのです。

 

このように、聖霊降臨は教会の誕生につながる重要な出来事であり、正教会では聖霊降臨以来、聖書に示されたことを伝統として今も守り続けています。

キリストとの出会いが人生を変える

先週末の日曜日は福岡でサマリヤ婦の主日(Sunday of  the Samaritan Woman)の聖体礼儀を執り行いました。

このネーミングは、この日に読まれる福音書の「サマリヤの女」(ヨハネ4:1−42)に由来します。

https://youtube.com/watch?v=o4rLwIbnB9E&si=5tFQjofmeVGACTsf

 

聖書には異教徒として蔑まれてきたサマリヤ人の女がイエスと出会い、真の信仰に目覚めたことが記されています。

私たちもまた人生の中で、何らかの形でキリストと出会い、その後の人生が変わる…それがこの福音書のテーマです。

 

さてこの日は、南アフリカ出身のダヴィドさんとアンゲリカさん(ともに仮名)夫婦の最後の参祷日でした。

彼らは3年前に来日してダヴィドさんは会社員、アンゲリカさんは教員として働いていましたが、ダヴィドさんの仕事の関係で母国に帰ることになったのです。

 

彼らは母国ではプロテスタントの信者でしたが、アンゲリカさんが正教会に関心を持ち、一昨年のオープン直後のわが福岡新教会を訪ねてきました。

程なくしてダヴィドさんと夫婦でこちらに通うようになり、昨年4月の聖枝祭合同洗礼式で洗礼を受けました。新教会で最初の成人の受洗者です。

その意味では「新生・福岡ハリストス正教会の申し子」のようなカップルだったと言えるでしょう。

 

今年の復活祭では、アンゲリカさんが生神女マリヤのイコンを自作して教会に献納してくれました。

アンゲリカさんが装飾を自作したイコン

この度の彼らとのお別れは信徒たちにとっても大変残念なことでしたので、執事長が持参した色紙に皆で寄せ書きをして贈りました。

寄せ書きの贈呈

異国である日本の福岡に来て正教会と初めて出会い、信者となって彼らの人生が変わったのは間違いないでしょう。サマリヤ人の女のように。

 

母国では地元のセルビア正教会に通い、信仰を守ると言っていました。

キリストが彼らを「幾とせも」(正教会の慶事の文言)守り、導いてくださることを祈っています。

ようやく「宗教法人福岡ハリストス正教会」になります!

4月24日付で文化庁から宗教法人「熊本ハリストス正教会」の規則変更を認証した旨、通知を受け取りました。

文科相名での宗教法人規則変更認証書

これまでも投稿してきましたが、福岡に新教会を立ち上げるにあたって私が行った手続きは、既存の「宗教法人熊本ハリストス正教会」が新教会用地として福岡に不動産を取得し、そちらに事務所を移転して名称を「宗教法人福岡ハリストス正教会」に改める、ということでした。

そのためには法人の所轄庁を熊本県から文化庁、つまり自治体から国に移管する手続きがまず必要です。

そして文化庁が所轄を受け入れた後に、宗教法人規則(会社の定款に相当)に法人の新名称や新所在地を記載した新規則への変更を申請し、認証を求める、という順番になります。

とにかく初めてする行政手続きばかりで(これは私に限らず、どの宗教団体でも、国内に複数の礼拝所を有する教団クラスの組織の事務局が行うレベルの事務処理内容だと思います)、何度も書類が差し戻され、本当に苦労しました。

結果的に一昨年2月に新教会を発足させてから、2年以上もかかってしまいました。

 

しかし、ようやく認証が取得でき、正式に「宗教法人福岡ハリストス正教会」を設立登記できることになって心から安堵しています。

 

一つだけ心残りなのは、2010年に旧福岡伝道所が立ち上げられて以来、一生懸命伝道所の建物のケアと信徒の取りまとめをしてくださっていたセルギイ執事長(仮名)が昨年秋に急逝してしまったことです。

新教会の発足を誰よりも喜んでいたセルギイ兄の存命中に宗教法人設立、つまり任意団体でなく法人として将来にわたって存続できる教会の誕生を見せることができなくて、本当に残念です。

 

今後、この「宗教法人福岡ハリストス正教会」をますます発展させていくことが皆を、そして天のセルギイ兄を喜ばせることに繋がるだろうと思っています。

 

肝心の登記は、現所在地の熊本と新所在地の福岡の二か所の法務局の窓口でそれぞれ手続きが必要であり、それはそれで大変なのですが、あと一息がんばります!

福岡での復活祭 たくさんの参祷者と分かち合う喜び

一昨日の4月12日(日)、福岡ハリストス正教会で復活大祭の聖体礼儀を執り行いました。福岡新教会開設後、三回目の復活祭です。

 

正教会の復活祭の祈祷は午前零時に開始して、日の出までに終わると決められており、諸外国はもとより、日本正教会でもほとんどの教会で深夜に執り行っていますが、九州は教会が小規模で、近所にまだ認知されていないため、深夜の祈祷は行わず、通常の主日聖体礼儀と同じく、日曜日の朝に復活祭を行うことにしています。

 

開式の30分前くらいから信徒が集まり始め、前日に設営した棚に持参したイースターエッグやクリーチ(ロシアの復活祭の菓子パン)が次々と並べられました。

信徒が持参したイースターエッグやクリーチなど

午前10時に皆で司祭館の外に出て十字行(教会堂の周囲を行列)の開始。

若い男性、というか男子が増えて、十字行で必要な物品を持ってもらう役割も手伝ってもらえるようになりました。

十字行と開式

聖体礼儀での福音書の朗読は、キリストの復活という「福音」(良い知らせ)が全世界に宣べられたことの象りとして、可能な限りの世界各国の言語で朗読するよう定められています。

福岡ではこれまで、日本語の他に信徒の奉仕で英語とスラブ語でも朗読してきましたが、今回はルーマニア出身者も何人か参祷しましたので、ルーマニア語でも朗読しました。

信徒の奉仕で外国語の福音書の朗読

この日の参祷者は34人。うち小中高生の子どもが11人でした。

狭いチャペルが人でギッシリとなりました。

祈祷中の様子

イースターエッグの成聖


www.youtube.com

 

祈祷が終わった後の集合写真は、館内では全員がカメラに入りきれないので司祭館の前で撮影しました。

参祷者と集合写真

祈祷後は集会室でイースターパーティー。

子どもたちは食べ終わると退屈するので、庭でエッグハントをしてもらいました。

乾杯

エッグハントで当たりくじを引いた子にプレゼント進呈

今回、初めて来た外国出身信徒が何人もいましたが、どうやら「福岡に正教会がある」ということが、ネットなどを通じてだんだんと九州在住の外国出身者に浸透してきたようで、「復活祭だから行ってみよう」と参祷に至ったようです。

必ずしも彼らが全員、継続的に来るとは思いませんが、今後も福岡で教勢が伸びることに希望を持ちたいと思います。

 

ともあれ、今年も福岡での復活祭にたくさんの参祷者が集い、ともに主の復活の喜びを分かち合うことができて幸せでした。

聖大土曜日 死から復活への移行の日

今日は聖大土曜日(Holy and Great Saturday)です。

 

午前中の聖体礼儀(正確には聖体礼儀の前の晩課)では、律法書である創世記と出エジプト記、歴史書であるヨシュア記や列王記、預言書であるイザヤ書やダニエル書など、旧約聖書から15か所が朗読されます。

これは復活祭の前日にあたって、救世主の到来、受難、復活が「旧約の成就」であることを、実際の聖書の記述に基づいて証しするものです。

 

新約聖書からはまず、ロマ書の6章を朗読。これは洗礼式の時に朗読するのと同じ箇所ですが、洗礼を通して古い自分は死に、神と共に生きる新しい自分に復活するという内容です。

復活とは将来的な死後の話ではなく、自分自身の洗礼の時に既に起きている。クリスチャンになること自体が復活なのだという、極めて重要なメッセージです。

 

この後、いったん祈祷を中断して、大斎の間会堂内に掛けられていた黒い覆い布を全て取り外します。

司祭もそれまで着ていた黒い祭服を脱ぎ、白い祭服に着替えます。

祈祷の前半(上)と後半(下)。

昨日の金曜日はキリストの死と葬りを記憶し、明日の復活祭は文字通り主の復活が明かされたことを祝うわけですが、その中間日の今日は、キリストが墓の中で死から復活に移っていた日だと私たちは理解しています。

そのことを典礼において、「黒から白へ」というビジュアルな変化で示しているのです。

 

白い祭服に着替えて、司祭はマタイによる福音書28章を朗読します。

マグダラのマリヤらがイエスの復活を発見したこと、そして復活したイエスが弟子たちに「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(マタイ28:19)と言って送り出したことが記されています。

そして最後に「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)というイエスの言葉で、マタイ伝福音書は終わっています。

イエス・キリストは単なる歴史上の人物ではなく、復活して今も将来も永遠に、信じる者のうちに存在し続けるという、力強いメッセージです。

 

このように聖大土曜日の聖体礼儀は聖書の朗読が大変多いので、二時間以上かかります(通常の聖体礼儀は説教を除けば一時間ほど)。

それだけ時間がかかるのは、これまでご紹介してきたように受難週間の他の曜日の祈祷も同じなのですが。

これは正教会がキリストの受難と復活を信仰の根幹と考え、その意味を聖書と典礼を通して徹底的に信者の心に染み込ませようとしていることに他なりません。

 

明日はいよいよ復活祭。福岡教会への参祷予定者を事前確認していますが、かなりの人数になりそうです。

今日まで積み上げてきた霊的な準備を生かして、大きな喜びをもって迎えたいと思っています。

聖大金曜日 キリストの死と葬りの記憶

今日は聖大金曜日(Holy and Great Friday)です。

まさにイエスが十字架上で死に、葬られた日となります。

 

昨日の聖大木曜日は、徹底的に聖書に基づいてイエスの受難の意味を振り返る日だと書きましたが、それに対して今日はビジュアルな典礼を通して、キリストの死と葬りをリアルに意識に刻む日といえます。

 

今日は午後に、まずイエスの死を記憶する聖大金曜日の晩課を執り行いました。

私は前任時代から15時に開始することにしています。

聖書にはイエスが息を引き取った時刻が午後3時頃と書いてあるからです。

 

ここで必須のアイテムが、十字架から降ろされたイエスの屍を描いたイコン「寝りの聖像です」。

ありがたいことに福岡教会には先月、日本正教会首座のセラフィム府主教が寝りの聖像を特別に寄贈してくださいました。

寝りの聖像の多くは板にイコンがプリントされたものが多いのですが、これは刺繍で描かれていて高級感に溢れています。

セラフィム府主教寄贈の寝りの聖像

このイコンを晩課の開式時に宝座(祭壇)の上に置いておき、終了直前に司祭が聖堂の中央に移して安置します。

今年は新しい寝りの聖像のお披露目となりました。

寝りの聖像の捧出

これは十字架上で死んだイエスの遺体が、アリマタヤのヨセフによって取り降ろされた(ヨハネ19:38)ことの象りです。

安置されたイコンは、妻が買ってきた生花で飾り付けました。

チャペルの中央に安置された寝りの聖像

この後、日没頃に行われる典礼が聖大土曜日の早課です。

しかしこれは二時間以上かかる祈祷で、上記の晩課からあまり間を開けて始めると参祷者の帰宅時間が遅くなってしまうので、九州では晩課が終わってすぐに開式しています。

 

この典礼の特徴は、聖堂中央に安置した寝りの聖像を掲げて聖堂の周囲を行列して歩く「十字行」を行うことです。

これはアリマタヤのヨセフとニコデモが、イエスの遺体を亜麻布で包み、誰も葬られたことのない新しい墓に運んで納めた(ヨハネ19:40-41)こと、つまりイエスの葬列を象るものです。

イエスの葬りの十字行

上記の晩課から通すと三時間以上かかりますが、このように正教会の聖大金曜日はイエスの死と葬りを体験的な形で記憶しているのです。

聖大木曜日 受難への道行きを聖書で振り返る日

昨日は復活祭の直前の木曜日でした。

正教会では「聖大木曜日」(Holy and Great Thursday)と呼びます。

 

午前中の聖体礼儀は「聖体機密の制定」を記憶します。

イエスは十字架につけられる前日の木曜日、弟子たちと夕食を取りました。これは一般に「最後の晩餐」と呼ばれています。

その席でイエスは弟子たちにパンと葡萄酒を与え、「(パンを)取って食べなさい。これはわたしの体である…皆、この杯から飲みなさい。これは多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」(マタイ26:26-27)と言いました。

正教会ではこの聖書の記述を根拠に聖体機密、つまり司祭によって捧げられたパンと葡萄酒が聖霊によってキリストの真の肉と血に変化し、それを信じて領食する私たち信者も永遠の生命を得る、と考えています。この聖体機密を行うための典礼が「聖体礼儀」です。

その意味では聖体礼儀自体が最後の晩餐を記念するものなのですが、正教会ではその席でイエスご自身が聖体機密を制定したことから、最後の晩餐よりむしろ「機密の晩餐」と呼ぶのが普通です。

さらに一年間に何回も行われる聖体礼儀の中でも、聖大木曜日のそれは「聖体機密の制定記念日」という特別な位置づけになるわけです。

 

聖大木曜日の聖体礼儀の特徴は「予備聖体の作成」にあります。

聖体は上記のイエスの言葉「食べなさい…飲みなさい」に示されているように、拝むためのものではなく実際に食べなければ意味がない、と正教会は考えています。

よって聖体礼儀の時に聖体は全て食べつくし、残しておくことはしません。この点はカトリック教会と聖体への解釈が異なる点です。

しかし、それでは病気などで教会に来られない人、さらには急な危篤状態になった人は、健常者以上にキリストの恵みが必要なのに肝心の聖体に与れない、という矛盾が生じます。

これを解消するため、年に一回の聖大木曜日の聖体礼儀で保管用の聖体を作り、司祭がそういった人々に届けられるようになっています。この保管用の聖体を「予備聖体」と呼びます。

 

この予備聖体は聖変化、つまりキリストの肉に変化したパンをスライスし、同じく血に変化した葡萄酒を染み込ませて、熱して乾燥させて作ります。

これを宝座(祭壇)の上にある聖龕(せいがん)という容器に納めます。

予備聖体を乾燥させているところ

聖龕は正面の燭台の向かって右に置いてある箱

夕刻からは聖大金曜日の早課を執り行いました。

正教会の典礼は日没から一日が始まると考えるため、実際に行われるのは木曜日の夜であるにも関わらず、金曜日の最初の典礼となります。

この典礼では四つの福音書からイエスの受難の記事、より具体的には機密の晩餐から始まって、ゲッセマネの祈り、イエスの逮捕と裁判、十字架上のイエスの言葉、死と葬りについての記述を12に分割して司祭が朗読します。これを「受難十二段福音」(The Twelve Passion Gospels)と呼びます。

もちろんただ朗読しているだけでなく、朗読と朗読の間に祈祷文の読みや聖歌が入るので、始まりから終わりまで二時間半近くかかります。

祈祷は会堂の照明を消し、闇の中でロウソクの光だけで行います。イエスの逮捕と祭司長らによる裁きは夜中の出来事だったのであり、まさにその「人間の罪の闇」を想起させるような内容となっています。

司祭による福音書の朗読

キリストの受難は偶発的な出来事ではなく、わたしたち人類の罪をあがなうために、神が自らを進んで生贄に捧げたというのがキリスト教の神学的な理解です。

そのプロセス、道行きを聖書に基づいて詳しく示し、私たちにキリストの受難の意味をしっかりと理解させるというのが、この祈祷の趣旨といえます。

 

今週の月曜日から水曜日まで、三日間かけて福音書(今年はマルコ伝を選択)の全巻通読を行い、さらに木曜日も受難にフォーカスして聖書に学ぶ。

正教会は「儀式中心の形式主義」みたいなことを言われることがあるのですが、それは無理解もいいところであり、実際は聖書がど真ん中にある信仰集団なのです。

 

今日はイエスが息を引き取った時刻(と聖書に書いてある)の15時から、キリストの死と葬りを記念する祈祷を執り行います。