九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。2019年から九州全域を担当しています。

主の変容 収穫への感謝

昨日は人吉ハリストス正教会に巡回。

主の変容(マタイ17章ほか)を記念する顕栄祭の聖体礼儀を執り行いました。

本来の祭日は8月19日(ユリウス暦の8月6日)ですが、私は概ね8月の第三日曜日に振り替えて執り行っています。

たまたま人吉の巡回日と重なるので、結果的に毎年人吉でいつも同じ祈祷をしていることになります。

 

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その意味ではこれも人吉教会の「恒例行事」ということになるのですが、正教会の伝統に則り、顕栄祭の聖体礼儀の最後に果物の成聖を行いました。

信徒が持参したフルーツを成聖

成聖したフルーツは、祈祷後のティータイムの時に分けて皆でいただきました。

 

主の変容とは、イエスが山の上で光輝くという特異な現象を通して、イエスは神(正確には三位一体の神の子)であり、また旧約聖書で預言されていたメシア(救世主)であることを示した出来事だと、私たちは理解しています。

その意味では農作物の豊かな実りも、種や苗が成長して形を変えるから収穫に至るのであり、その作物の「変容」に神が関わっていると考えるからこそ、顕栄祭の時に神に感謝して、教会で作物(主な対象はブドウなどの果物)を成聖し、ありがたく頂こうという習慣につながっています。

 

教会もギリシャ語の原語「エクリシア」(集められた者)に示されているとおり、人間の集団である以上、昔からいる信徒が永眠していく一方で新たな人が導かれることで、本来なら常に変容している存在であるはずです。

人吉球磨地方は交通が不便な山深くにあるため、住人は昔から先祖代々住んでいる人がほとんどで、外からの人の出入りに乏しい土地柄でした。(その意味では、人吉どころか九州出身ですらない私たち夫婦は、かなりアウェイ感を自覚してきました)そのため、人吉教会も血縁の数世帯でずっと継承されてきました。

しかし私が着任して6年間で、人吉では既存の信徒と血縁でない方たちが洗礼を受け、またつい最近は県内で起業した外国人信徒も通ってくるようになりました。

人吉の教会も少しずつ変容していくのだろうなあ、と思っています。