九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。2019年から九州全域を担当しています。

2025年全国公会 山口県が正式に福岡教会の巡回地となりました

先週から東京に出張していて、昨夜帰りました。

週末の7月12日(土)と13日(日)の二日間、東京で開催された全国公会(教団の年次総会)に出席するためです。

ニコライ堂に到着(7月12日)

会議初日では例年、前年度の業務報告のみで終わってしまうのですが、今年は教団事務局長からニコライ会館(ニコライ堂の信徒会館兼聖職者住宅)の新築工事計画に関する詳細な説明がありました。

現ニコライ会館は建てられてから50年以上経っており、経年劣化はもちろんのこと、ホールとしても住居(現在は3世帯分のアパートメントが建物内にある)としても手狭で使い勝手が悪く、故ダニイル前府主教が着座した20年以上も前から建て替えが進言されてきました。

日本正教会の教団本部の会館であるにも関わらず、残念ながら極めてお恥ずかしいレベルのものであったと言わなければならない状態だったのです。

故ダニイル府主教の考えは今となっては不明ですが、結局何も着手せずに放置したままあの世に行ってしまわれました。しかし、現セラフィム府主教は着座してすぐ、「ニコライ会館の建て替えは教団の最優先事項である」と言って建設計画に着手しました。

不幸なことにこの1年か2年で建設コストが激増し、当初の構想よりだいぶサイズダウンした物件にせざるを得なくなったのですが、それでも現会館の解体と新会館の着工が来年に始まることとなりました。

 

またこれと並行して、主教館や教団事務所棟などの敷地内の建物の国重要文化財への申請が行われます。

これらの建物は1891年の大聖堂建立以前からあるもので、特に主教館は1872年、ニコライ大主教が東京で宣教を開始した時に建てられました。東京に現存する最古のれんが造りの建物と聞いています。

教会であろうと他の施設であろうと、このような歴史遺産的な建物は日本社会全体にとって価値があるものですから、文化財の指定を受けてしっかりと保全すべきだと私は考えます。また、過去の主教はどうしてそういう当たり前のことをやって来なかったのかとも思っています。

しかし何はともあれ、現セラフィム府主教のようにまともな見識を持つ方が指導者となり、日本正教会が良い方向に進んでいるのは喜ばしいことです。

晩祷でのセラフィム府主教の福音書朗読(7月12日)

翌13日(日)午前の大聖堂での聖体礼儀では、同僚で名古屋教会管轄のグリゴリイ神父(仮名)が、司祭叙聖10周年でセラフィム府主教から金十字架とカミラフカ(帽子)を授与。(正式な用語は「佩用の祝福」)

金十字架とカミラフカ佩用の祝福

さらに2週間前に神学校を卒業したゴルディ神学生(仮名)が輔祭に叙聖されました。なおゴルディ新輔祭は今後、ニコライ堂で奉職します。

ゴルディ神学生の輔祭叙聖

ゴルディ新輔祭

グリゴリイ神父(左)とゴルディ新輔祭(右)

午後からの会議二日目は例年、教団の決算報告と予算案審議と決まっています。

これもセラフィム府主教の方針で、これまで事実上の不開示だった教団資産の内訳を開示することとなり、その結果、新会館建設にはどのくらいコストがかかり、あといくら必要かがある程度明確になったので、教団に対して皆の協力的な機運が高まったように感じました。

 

全議事の最後に教団の8月1日付の人事異動が発表されます。

現時点では教団の内部情報ですから、他の方たちの分をここに書くことはしませんが、わが九州管区に関することは次の二つです。

 

一つ目は現在「九州北ハリストス正教会」と称している福岡の教会を正式に「福岡ハリストス正教会」、現「熊本ハリストス正教会」を福岡教会の付属施設「福岡ハリストス正教会熊本伝道所」に改組することです。

これは教団の決定事項というより、私の方で進めてきた宗教法人熊本ハリストス正教会の「宗教法人福岡ハリストス正教会」への変更手続きの最終段階ということになります。

 

二つ目は管轄の帰属があいまいだった中国地方の各県について、山口県を正式に福岡教会の巡回地に含めることです。(他の県は岡山の柳井原教会を除き、今後は神戸教会が担当)

山口県は福岡の隣県ですし、実際に山口県民の方にも洗礼を授けていますので、当たり前といえば当たり前とは思いますが、それでも正式に山口県での宣教を任せるというお墨付きをいただけたことはありがたいです。

山口の皆さん、よろしくお願いします!

 

公会の全日程が終了すると、大聖堂で閉会祈祷として「亜使徒日本の大主教聖ニコライへの感謝祈祷」を府主教が献じることになっています。

今年は府主教の指名で私が陪祷させていただきました。

閉会祈祷「亜使徒日本の大主教聖ニコライへの感謝祈祷」

 

自分自身の管轄教会についても、教団全体についても、将来的な明るさを感じた二日間でした。