先日の教区会議の時の投稿にも書きましたが、今ちょうど信徒総会のラッシュ期で、関連の資料作りに追われています。
福岡と鹿児島の2教会の決算書の作成に加え、福岡については今の宗教法人「熊本ハリストス正教会」を新たに宗教法人「福岡ハリストス正教会」に変えるべく、国と折衝するための資料を作って信徒総会の決議を取らなければならないので、そちらの事務作業も大変です。
そんなことで平日はパソコンに向かい合ってばかりなのですが、それに加えて先週、九州の梅雨が史上最速で明けてしまい、雨ひとつ降らない猛暑が続いていて一層部屋にこもり切りの状態になっています。
さて、今日で2020年7月4日に人吉球磨地方を襲った令和2年7月豪雨(通称・熊本豪雨)から5年となりました。
私は前年の10月に人吉に異動となり、ちょうど9か月となった時でしたが、当時はコロナ禍が全国的、いや全世界的に幅を利かせている時期で、教会もほぼ休業状態になってしまい、自然災害よりむしろそちらの対策で頭がいっぱいの状態でした。
豪雨の時も、熊本県南部に警報級の大雨が降る予報は前日から報じられていましたが、もともと雨が多い地域ですし、台風が接近しているわけでもなかったので、そんなに深刻には考えていませんでした。
新参者の人吉市民の私でさえもそう思っていたのだから、昔から住んでいる人は大雨など慣れっこだったことは想像に難くありません。
しかし未明に、まるで滝のそばで寝ているような猛烈な雨音がして、ろくに眠れませんでした。
1時間に100ミリ以上の雨が3時間以上降っていたのです。もちろん、その時は知る由もなく、後から報道で知ったのですが。
夜明け近くに球磨川の堤防から水が溢れ、人吉の中心地がすべて水没してしまったことは、皮肉なことに朝につけたテレビのニュースで知りました。
当時の司祭館は球磨川から1キロほど離れていたので浸水は免れましたが、電話も水道もストップしてしまい、これは大変なことになったと思いました。
聖堂と信者さんたちの安否確認をしなくては、と思いながらも相手に連絡を取ることができず、そもそも自分自身の無事を他人に伝えるすべもありません。
その日の午後、水が引いて外に出られるようになったので、車で聖堂の様子を見に行くことにしました。
道路に泥が積もって田んぼのようにヌルヌルしており、自分も他の車もノロノロとしか走れなくて、さらに通行止めになっている場所ばかりで迂回を余儀なくされ、教会までのたった3キロほどの距離を進むのにとてつもなく時間がかかりました。
聖堂に着くと、道路から数メートル高くなっている場所に立地しているせいか、全く無傷だったので安心しました。
浸水を逃れて教会の敷地内に避難してきた車がギッシリと停まっていて、私の車が教会に乗り入れられないくらいでした。後にも先にも、人吉教会にそんなにたくさんの車が駐車しているのを見たことがないので、何とも異様な光景でした。
その日は信徒の家を訪問するなど全く無理な状態で、自分自身が遭難する可能性もあったのでいったん帰宅しました。
発災したのは土曜日でしたが、翌日の主日聖体礼儀などは当然できず(そもそも災害が発生していなくても、コロナのため教会はクローズしていたのですが)、電話も通じないままなので、信徒宅を回って安否確認をしました。
一軒だけ、相良村内で保育園を営んでいるO家だけが自宅も保育園も甚大な被害を受けていましたが、不幸中の幸いで信徒の誰にも生命に別状はありませんでした。
電話とネット回線が回復して、自身の無事を教団に連絡できたのは発災から3日後の7月7日のことでした。
その後の復興に向けてのお手伝いについては、事あるごとに書いてきましたので今さらここで書くことはしません。
ただ、生まれてから半世紀以上生きてきて(当時57歳)、自分が住んでいる街が一瞬で壊滅してしまったのを見たのは初めてのことであり、その景色は生涯忘れられません。
人間も他の自然の存在も同じ神の被造物なのに、その人間だけがどんなに叡智を誇ろうとも、大自然の前には全く無力でしかないと思い知らされたからです。


私は人吉出身ではなく、また今はもう人吉に住んでいませんし、そもそも人吉への異動自体、私が希望したことではありません。
しかし人生の一期間だけ人吉にいて、あの災害に遭遇したのは、神が被造物としての人間の無力さと、それを克服するためには何が必要なのかを、とてつもなく残酷な方法で私に学ばせるためだったのかも知れないと思うばかりです。
ですから災害の犠牲になった方たち、また身内が犠牲になった方たちの心とたましいが癒され、慰められるために、自分に何ができるか今も考え続けています。
人吉球磨地方は、今でも流失したJR肥薩線が不通のままで、当然ながら転出者も多くて人口が大きく減りました。
以前と同じ状態まで戻ることを「復興」というのなら、残念ながら人吉の復興など全くできていないとしか言わざるを得ません。
そんな中でも人吉の人々が、少しずつでも前に向かって進んで行かれますように。
神よ、護ってください。