九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。2019年から九州全域を担当しています。

聖なる三日間 祈りで振り返る受難から復活への道程

前の日曜日の聖枝祭から今日までの1週間を受難週間(Passion Week)といい、毎日祈祷を執り行ってきました。

ちなみに、以前にも書いたように、福岡に転居して初めて迎えた大斎なので、受難週間の祈祷が福岡で行われたのも今回が初めてのことです。

 

特に木曜日の夜(教会暦は日没から新しい日が始まると考えるので、典礼としては金曜日の祈祷)から今日にかけての三日間は、重要な期間と見なされています。

 

17日(木)は日没に合わせて、聖大金曜日の早課を行いました。

この祈祷では、四福音書からイエスの逮捕、裁判、磔刑の執行、イエスの死と葬りについて書かれた記事を12か所に分けて司祭が朗読します。日本正教会では「十二福音の読み」と呼んでいます。

聖大金曜日早課・十二福音の読み

福音書の朗読と朗読の間は、聖歌や祈祷文の読みが入るため、開式から終了まで2時間半近くかかります。

会堂内の照明を消して、ロウソクの光だけを頼りに朗読するのですが、時間が経つに従って室内が真っ暗になってきます。

「十字架につけろ」という叫びに象徴される人類の罪の闇をビジュアルに実感しながら、イエスの受難を思い起こす典礼となっています。

 

昨日の金曜日は、イエスが息を引き取った時刻である15時から、聖大金曜日の晩課を執り行いました。

この祈祷では、イエスの屍を描いたイコン「寝りの聖像」を、会堂の中央に安置します。

寝りの聖像

永遠の神が私たちと同じ、いつか死ぬ人間となってこの世に来てくださり、私たちの罪の赦しを実現するために十字架上で実際に死んだことを、これもまたビジュアルに思い起こさせる典礼です。

 

引き続き聖大土曜日の早課を執り行い、寝りの聖像を掲げて「主の葬りの十字行」(会堂の外を行列して一周すること)を行いました。

これはイエスの屍をアリマタヤのヨセフという人物が引き取り、自分の墓に葬ったという聖書の記述にならうものです。つまり、十字行はイエスの葬列の象りです。

上記の晩課から通すと、約3時間の祈祷です。

主の葬りの十字行

以前の任地の人吉では、受難週間を含めた大斎の祈祷に信徒が来たことは5年間で一度もありませんでしたが、福岡では参祷者が三人いました。

私一人では行列にならないので、信徒たちと一緒にイエスの死と葬りを記憶することができて良かったです。

 

今日は朝から聖大土曜日の聖体礼儀を執り行いました。

この祈祷では、旧約聖書から「天地創造」「アブラハムの召命」「出エジプト」「復活の預言」等に関する15か所を抜粋して朗読します。いわば「旧約聖書のハイライト」紹介と言ってもよいでしょう。

つまり、神の子が人となってこの世に来られ、私たちの罪のために死に、三日目に復活した、というキリスト教の教理は唐突に生まれたものではなく、旧約聖書の中に示されてきたことの完成である、と再認識させるものです。

 

さらに特徴的なのは、司祭は開式の時点では大斎期間と同じ黒い祭服を着用していますが、福音書の朗読の前に復活を想起させる白い祭服に着替えることです。この時、大斎の約7週間、会堂内の器物に掛けてあった黒い布も全て取り除きます。

黒い祭服(旧約聖書の朗読中)

白い祭服に着替えて福音書を朗読

これは、イエスが葬られた墓の中で、主の死から復活への移行が進んでいたことの象りです。

つまり、主の復活とは地上の事件のように何時何分に発生したものではなく、イエスが死んで葬られた時点で既に墓の中で進行していた、言い換えれば復活は突発的な事件ではなく、神の計画のうちに進められていたということを示すものです。

そういう神学上の説明を典礼の中で、「黒い祭服から白い祭服への着替え」というビジュアルな形で表現しているわけです。

 

以上のように、この聖なる三日間は祈りを通して、体感・実感できる形で主の受難から復活への道のりを振り返ってきました。

 

明日はいよいよ、復活祭の聖体礼儀を執り行います。

正教会の規則では午前零時に祈祷を開式し、夜明け前に終わるとされているのですが、今の福岡での居住環境では夜中に人を集めて祈祷を行うことはできないので、昨年と同様、午前10時から行うことにしています。

昨年は新教会での最初の復活祭ということで、30名が参祷しましたが、今年は何人集まるでしょうか。今からワクワクしています。

多くの皆さんと主の復活の喜びを分かち合いたいと思っています。