九州の正教会

日本ハリストス正教会のグレゴリー神父です。2019年から九州全域を担当しています。

大斎前の1週間 怒涛の連続出張

今日から3月です。

今年は来週の月曜日(正確には明日の日没後)から約7週間の大斎です。

 

その直前のこの一週間は仕事が立て込んでいました。

 

先週の21日(金)は前日から泊まり込みで、長崎市内の造船所でギリシャ船の船舶成聖式を執り行いました。

会社は長崎県西海市に本社のある大島造船所さんです。

ちなみに、昨年4月に同じ会社が造った姉妹船を成聖しています。

 

frgregory.hatenablog.com

 

造船所が手配した長崎駅前のホテルを、他の来賓たちとともに朝8時に出発し、事業所に向かいました。

基本的に造船所の敷地内は部外者立ち入り禁止ですが、大島造船所では新船の命名式(完成した船に名前をつけて発注者に引き渡す式典)を会社の一大イベントと考えていて、この時だけは地元住民に公開しています。(必ずしも全ての造船会社が同じではありません)

この日も地元住民や見学の小中学生がたくさん岸壁に来ていました。

新船の命名

命名式の後、来賓とともに乗船してブリッジ(操舵室)で成聖式を執行。

終わった後は再び岸壁で、来賓たちによる餅つき。

長崎では古くから慶事には餅をついて祝うので、それを踏襲しているそうです。

祝いの餅つき

その後は皆で社旗を振って船の出航を見送り。

出航の見送り

ホテルに戻ってからのレセプションでは来賓たちによる鏡割りが行われました。酒は一人ひとりに船名入りの枡に入れて振舞われました。

来賓が来ている社名入りの半被は、出席者全員に配られたものです。私ももらって持ち帰りました。

来賓による鏡割り

船の完成式典は会社によって様々なスタイルがあるとは思いますが、こちらの会社のようにイベントに日本の伝統的な慶事の作法を盛り込んで、そこにキリスト教の祈祷が融合するというのは、日本人司祭である私としては実に楽しくてやり甲斐を感じます。

 

金曜日の夜に福岡に戻り、翌22日(土)に人吉巡回に出発。

23日(日)に人吉ハリストス正教会で聖体礼儀を執り行い、引き続き信徒総会を開催しました。

作成中の人吉教会の信徒総会資料

人吉教会は宗教法人なので、決算や財務に関する書類を作成し、信徒総会の承認を取って所轄庁(人吉教会については熊本県庁)に提出する義務があります。

人吉は信徒数が少なくて、それらの事務処理をできる信徒がいないので、私が決算書類を作成しています。

もっとも私たち夫婦が人吉から転出した後は、お金の出入りがほとんどないので事務手続きとしては他教会と比べて楽勝です。

しかし、総会の中で決算の承認より嬉しかったのは、私が着任する以前の6年以上も前から、人吉教会に通い続けていながら洗礼に至っていなかったIさんが、ようやく復活祭での受洗を決意した旨、申し出てくれたことです。

晴れ晴れしい気持ちで福岡に戻ることができました。

 

さて西日本教区では教区報を発行しており、各号ごとに教区司祭が輪番で編集を担当しています。今回の担当は私です。

3月初旬に発行させるため、急いで原稿を校了しなければと思い、人吉から戻ってすぐ二回目の校正を始めました。

教区報の校正

すると24日(月)の朝、熊本教会のニコライ執事長(仮名)の娘さんから電話が。

ニコライ兄がたった今亡くなったというのです。

ニコライ兄は昨年夏から体調を崩していたとはいえ、高齢者ならではの衰えであって生命の危険がある状態ではなかったので、急な話で驚きました。

 

熊本市内の葬儀場で翌日25日(火)に通夜、26日(水)に埋葬式(一般でいう告別式に相当)を執り行うことが決まり、二日間連続で福岡と熊本を往復して一連の祈祷を執り行いました。

祭壇にニコライ兄の遺品のイコンを掲げる

熊本教会に通っている信徒はニコライ兄を含めて実質4人だけで、ニコライ兄以外の3人は80代後半から90代の女性です。

将来的にこのようなことになることを見越して、熊本と福岡の二教会一体運営を進めてきたわけですが、ニコライ兄が急に亡くなって熊本の執事長は空席となりましたので、今後のことを来週から話し合う必要があります。

 

いずれにせよ、教区報は期日どおりに発行しなければならないので、26日(水)の夜に熊本の火葬場から戻ってから大急ぎで原稿を校正し、昨日ようやく印刷業者に発注できました。

 

出張続きの怒涛の1週間でしたが、ようやく仕事が一段落しました。

もっとも来週は大斎初週(The First Week of Great Lent)のため、朝も晩も祈祷の毎日となるのですが…

また違った面で忙しい1週間となりそうです。